
設備や建物の保守・管理は、安全性だけでなく生産性にも大きな影響を与える重要な業務です。また、日本ではインフラに関連する重大な事故がたびたび発生しており、その対策としてインフラの保守・管理の重要性が高まっています。
こうした背景から、近年注目されているのが「スマートメンテナンス」です。本記事では新規事業のアイデアを探しているビジネスパーソンに向けて、スマートメンテナンスの概要や注目される背景、導入事例を解説します。
スマートメンテナンスとは
スマートメンテナンスとは、AIやIoTセンサー、ドローン、ロボットなどの先進技術を用いて、設備や建物の保守・管理を効率化する手法です。人が立ち入れない場所や危険を伴う場所の点検が容易になり、IoTセンサーを活用することでリアルタイムの監視も実現できます。このような技術を活用して適切な保守・管理を行うことで、設備や建物の安全性の維持や生産性の向上、長寿命化が期待できます。
主に活用される技術4選
スマートメンテナンスで使用される主な技術について解説します。
・AI
AIとは人工知能の略で、様々なデータをコンピュータが分析し、推論、判断を行う技術です。
AIを活用することで、IoTセンサーの取得データから、故障の兆候を検知できます。
・IoTセンサー
IoTセンサーは温度や湿度、光、3Dデータなどを計測し、インターネットを通じてリアルタイムに情報を取得する計器です。設備や建物に取り付けるとリアルタイムの監視が可能で、車やドローンなどに搭載すれば問題箇所の発見に役立ちます。
・ドローン
ドローンとは、遠隔操作や自動操縦により飛行できる無人航空機です。カメラやIoTセンサーを搭載することで、遠隔地から設備や建物の点検が可能です。例えば、高所にある設備を人が点検する場合、足場を組む必要性がありますが、ドローンを活用すればその手間を省けます。さらに、ドローンには水中を移動できる「水中ドローン」もあります。
・ロボット
ロボットは、自動で点検を行う機械です。高所や狭いスペースなど、人が作業しにくい場所での点検や作業を代行します。これにより、安全性が向上し、作業効率も高まります。
スマートメンテナンスが注目される背景
スマートメンテナンスは、生産設備への活用だけでなく、日本が直面する様々な問題を解決できる技術として注目されています。ここでは、注目される背景について解説します。
深刻化する人手不足
日本では少子高齢化が進み、人手不足が深刻化しています。内閣府の「令和4年版高齢社会白書」によると、2021年(令和3年)10月1日時点で65歳以上の人口割合(高齢化率)は28.9%に達しました。今後、さらに高齢化が加速すると予想されており、2036年(令和18年)には33.3%、2065年(令和47年)には38.4%に達し、2.6人に1人が高齢者となる見込みです。
このような少子高齢化の進行は、労働力の減少を意味します。
実際に、中小企業庁が2019年(令和元年)に実施した調査では、全ての業種で「従業員過不足DI」がマイナスとなり、人手不足感が強まっていることが明らかになりました。※従業員過不足DIとは、従業員の状況について「過剰」と答えた企業の割合から、「不足」と答えた企業の割合を引いたものです。

出典:中小企業庁「令和元年度(2019年度)の中小企業の動向」
このような状況の中で、保守・管理を適切に実施するには少ない人手でも対応できる仕組みが必要です。その解決策として、省人化を実現するスマートメンテナンスが注目されています。
インフラ老朽化問題
日本が抱える社会問題の一つは、インフラ老朽化問題です。インフラ老朽化問題とは、今後、多くのインフラが完成から50年を超えることです。
国土交通省の調査によると、以下のグラフのように2040年には多くのインフラが建築後50年を経過し、加速度的に老朽化するとされています。

出典:国土交通省「社会資本の老朽化の現状」
この問題の重要な点は、老朽化したインフラが崩落などを引き起こし、重大な事故につながる可能性があることです。実際に、インフラの老朽化が原因で大事故が発生しており、その深刻さが明らかになっています。
- インフラの老朽化による事故
2012年:笹子トンネル天井板落下事故(山梨県)
2021年:六十谷水管橋崩落(和歌山県)
2025年:下水道管破損による道路陥没(埼玉県)
このような事故をなくすためには、リスクのあるインフラを早期に発見し、改修や建て替えることが重要です。その作業を効率的に行うための手段として、スマートメンテナンスが注目されています。
インフラメンテナンスの市場規模の拡大
日本では、少子高齢化の進行やインフラの老朽化により、インフラメンテナンスの市場規模の拡大が予想されています。国土交通省の試算によると、2018年度の市場規模は5.2兆円でしたが、2044年には7.1兆円に拡大する見込みです。

出典:国土交通省「国土交通省所管分野における社会資本の将来の維持管理・更新費の推計」
さらに、国土交通省の推計では、世界のインフラメンテナンス市場は約200兆円に上るとされています。このような背景から、スマートメンテナンスはビジネスチャンスとして注目されています。
スマートメンテナンスを導入するメリット
スマートメンテナンスが注目される理由の一つは、導入することで多くのメリットを得られることです。そこで、この章では導入により得られる4つのメリットを紹介します。
メリット① 安全性の向上
スマートメンテナンスを導入することで、設備や建物の異常の早期発見が可能です。これにより、適切な改修や建て替えを行うことで、故障や崩落といった事故を未然に防ぐことができます。その結果、安全性の向上に大きく貢献します。
メリット② コスト削減
スマートメンテナンスを導入し、必要なタイミングで適切なメンテナンスを行うことは、コスト削減につながります。過剰なメンテナンスや突発的なトラブル対応にかかるコストを抑えられるためです。さらに、メンテナンスの効率化によるコスト削減も期待できます。
メリット③ ダウンタイムの削減
スマートメンテナンスを導入すると、設備や建物の状態をリアルタイムで監視し、故障の予兆を把握できるようになります。特に工場などの生産現場では、スマートメンテナンスを活用することで、ダウンタイム(生産ラインや設備の一時的な停止)の発生を抑えたり、短縮したりすることが可能です。ダウンタイムを削減することで、生産性の向上やコスト削減、競争力の強化につながります。
メリット④ 熟練技術者の技術やノウハウの継承
スマートメンテナンスを導入すると、設備の状態や過去の点検データに加え、技術者の対応もデジタルデータとして記録できます。これにより、熟練技術者の技術やノウハウを効率よく次世代に継承できるのがスマートメンテナンスのメリットです。
さらに、熟練技術者の判断をAIに学習させることで、技術者の判断をAIがサポートすることもできます。その結果、経験の浅い技術者でも的確な対応ができるようになり、人材不足の解消に貢献します。
スマートメンテナンスの導入事例:JR東日本

JR東日本では、効率的かつ安全なメンテナンスを実現するために、スマートメンテナンスの取り組みを進めています。具体的な取り組みは以下の2つです。
・車両のモニタリング
車両にモニタリング装置を搭載し、約700項目、6,000点のデータを走行中に取得。データをリアルタイムでモニタリングすることで、異常の早期発見やメンテナンス計画の立案に活用しています。
・地上設備の監視
一部の車両の床下や屋根裏にモニタリング設備を設置し、レールの状態や架線の摩耗などの情報をメンテナンス部門に送付して、設備の監視や補修計画に活用しています。
JR東日本は検査の効率化や自動化、故障の予兆の把握などを実現するために、さらに研究開発を進めているとのことです。
参考:JR東日本研究開発センター「スマートメンテナンスの取り組み状況について」
スマートメンテナンスはチャンスの多い分野
スマートメンテナンスは、設備や建物を効率的に保守・管理するために役立つ技術です。人手不足やインフラの老朽化などの社会的な背景により、今後ますます需要が高まると予想されます。新規事業のアイデアを探しているビジネスパーソンは、この機会にスマートメンテナンスに関連した事業を検討してみてはいかがでしょうか。