答え無き問 | FILE.001
ある中堅電機メーカー、新規事業創出の記録。誇るべき中核技術と、成熟した主力事業。それでも「次の柱」は、技術の延長線上には見つからなかった——探すべき場所が、違ったからだ。
その会社には、数十年かけて磨き上げた中核技術があった。既存製品は市場で確かな地位を持ち、技術者たちの腕は疑いようがない。だが、経営が掲げる「新しい事業の柱を生む」という課題の前では、皆が同じ壁に突き当たっていた。
技術起点でアイデアを出すと、どうしても「今の製品の改良」に収束してしまう。「うちの技術で何が作れるか」という問いからは、今の事業の延長しか生まれない。必要なのは「世の中の誰が、何に困っていて、そこに自分たちの技術がどう効くのか」——つまり問いの向きを反転させることだった。頭では分かっている。だが、長年プロダクトアウトで成功してきた組織にとって、それは知識ではなく身体で覚え直すべき技能だった。
「マーケットインを、講義で教えても意味がない。自分たちの手でアイデアを量産し、市場に晒し、選別する——その一連の体験ごと、組織に移植する」。私たちが設計したのは、調査でも研修でもなく、実践の場そのものだった。
最初のワークショップで取り組んだのは、意外にも自社の既存製品だった。製品を構成する技術要素を洗い出し、それを一つずつ「ユーザーにとってどんな便益か」という平易な言葉に読み替えていく。技術の言葉が価値の言葉に置き換わった瞬間、自社の技術は「特定製品の部品」から「様々な市場で使える手札」に変わった。
次に、成長が見込まれるメガトレンド領域を定め、メンバー全員で未来の生活と課題を描いた。そして、この案件の白眉——メンバー一人ひとりが自らテーマを立て、その最前線にいる当事者へ会いに行った。省人化が進む物流現場で、日々のオペレーションに向き合う管理者。高齢者の暮らしを支える地域サービスの担い手。設備保全の現場で、熟練者の暗黙知を次世代に引き継ごうとする技術者。生活者の行動変化を踏まえ、新しい購買体験を設計する企画者。セルウェルは各テーマに合う有識者を探索し、12名への取材とフィールドワークを組んだ。
会議室のレポートでは決して得られない、生身の課題がチームに流れ込んだ。「こんなことに困っている人が、本当にいるのか」。その驚きこそが、マーケットインの起点だった。
素材が揃ったところで、量産と選別のフェーズに入る。未来の課題と自社技術の「価値要素」を掛け合わせ、短期集中でアイデアを書き出す150本ノック。累計100件を超えるビジネスアイデアが生まれ、そこから相互レビューとスコアリングで32案、16案へと絞り込んでいった。
選別の物差しは二重にした。経営側の執行役員が定めたテーマ選定基準と、セルウェルが補完する独自評価軸。「現場が面白いと思うもの」と「経営が投資できるもの」のズレを、評価の段階で見える化するためだ。最終日、メンバー7名はそれぞれ1案をビジネスモデルに組み上げ、経営層を前にプレゼンテーションを行った。経営と現場が同じテーブルで、同じ選定基準を見ながら新規事業を議論する——この会社で初めての光景だった。
正直に書く。この記録の「実現」は、新製品の上市ではない。実現したのは、事業を生み続けるための文法が、組織の中に宿ったことだ。アイデアの一発の当たり外れより、量産と選別のプロセスを自分たちの手で回せるようになること——成熟企業の新規事業において、それが最も再現性のある資産になる。私たちは最後に、外部支援なしで回すための課題まで提言して、この案件を納めた。答え無き問への向き合い方は、一度身体に入れば、消えない。
※ 本稿は実際のご支援案件の記録です。守秘義務のため、社名・技術領域・固有名詞は本質を損なわない範囲で加工しています。
60分の壁打ちで、問いの整理と次の一手を1枚のメモにしてお渡しします。この記事の評価軸の考え方も、無料の突破キットで使えます。
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