2018年に政府主導で「携帯料金は4割下げられる余地がある」と始まった値下げ圧力は、2020年の楽天モバイル参入と2021年の格安ブランド戦争でいったん実現したが、2025年から2026年にかけてドコモ・au・ソフトバンクが相次いで既存プランを値上げし、8年前とは逆方向に反転している。複数の携帯番号を抱える中小企業にとって、この反転は毎月の固定費に直接乗る。何が起きたのかを時系列で押さえ、今取れる選択肢を整理する。
当コラムで注目する用語
- MVNO:仮想移動体通信事業者。大手の通信網を借りて独自料金で提供する会社。
- 格安ブランド(サブブランド):大手キャリアが低価格帯向けに出すブランド。ahamo・povo・LINEMOなど。
- ローカル5G:企業や自治体が敷地内で独自に開設する5G網。工場の無線化などに使う。
- ユニバーサルサービス料:全国あまねく通信を維持するための負担金。回線ごとに上乗せされる。
- 法人プラン:法人契約向けの通信料金プラン。個人向けと条件・割引が異なる。
- 電気通信事業法:通信サービスの提供条件や端末販売の分離などを定める法律。
2018年8月21日、菅義偉官房長官が「携帯料金は4割下げられる余地がある」と発言した日
2018年8月21日、当時の菅義偉官房長官は北海道での講演で「携帯電話の料金は4割程度下げる余地があるのではないか」と発言した。翌々日には総務省の情報通信審議会で議論が始まり、8日後の8月29日にはソフトバンクが端末とのセット割引を廃止し通信料金を実質25〜30%引き下げる新料金プランを発表した(KDDIは既に分離プランで対応済み)。NTTドコモも同年10月31日、2〜4割の値下げを伴う新料金プランの導入を発表している。当時、大手3社の合計シェアは国内の9割を占める寡占状態にあり、菅氏はその後も「大手3社の利益率は20%と高止まりしている」として追加の引き下げを求め続けた。この一言が、その後8年間続く「政府が携帯料金に介入する」という構図の起点になった。
2019年10月1日、電気通信事業法改正——端末とセット販売の分離が始まった転換点
2019年10月1日、改正電気通信事業法が施行され、通信料金と端末代金のセット販売や、行き過ぎた端末割引(2万円超の割引禁止)、長期契約の解約金上限(1,000円)などが規制された。総務省は、大手3社が期間拘束のある大容量プランについて、改正法の施行に先立って約3割の料金引き下げを行ったと整理している。それまで「実質0円」などの端末セット割引で分かりにくくなっていた料金構造が、通信料金そのものの比較がしやすい形に変わったのがこの転換点であり、法人契約における料金交渉の前提もここで変わった。
2020年4月8日、楽天モバイルが4社目として参入——月額2,980円という基準値の登場
2020年4月8日、楽天モバイルがNTTドコモ・KDDI・ソフトバンクに続く4社目の携帯キャリア(MNO)として本格サービスを開始した。月額2,980円(税別)でデータ無制限・国内通話無料という単一プランを掲げ、菅官房長官(当時)も「大手事業者の料金水準の半額以下」と歓迎した。ただし自社エリア外はKDDIローミングで月2GBに制限されるなど実態には注意が必要で、先着300万人に1年間無料という大型キャンペーンも投入された。この参入によって、大手3社の寡占という構図そのものに競争が持ち込まれたことが、次の値下げ競争の呼び水になった。
2021年3月、ahamo・povo・LINEMOという「格安ブランド戦国時代」の始まり
楽天モバイルの参入と政府の値下げ圧力を受け、2021年3月にNTTドコモが月額2,970円・20GBの新ブランド「ahamo」を投入。KDDIの「povo」、ソフトバンクの「LINEMO」も同時期に登場し、大手3社が自ら格安ブランドを持つ「戦国時代」が始まった。オンライン専用・店舗サポートなしという条件と引き換えに、従来の大容量プランの半額以下という水準が実現し、値下げ圧力が最も強く効いた時期といえる。中小企業にとってもこの時期は、サブブランドへの切り替えで法人契約のコストを下げやすい環境だった。
新規事業の「決め方」を、メールで。
市場の見極め方・撤退基準・成功事例のノウハウを毎週お届けします(無料)。 どんな内容か見る →
2024年、楽天モバイルが契約回線800万を超えた年——赤字縮小が見えた転換点
楽天モバイルは2024年10月18日に契約回線数(BCP用途プランを含むMNO・MVNE・MVNOの合算)が800万を突破し、年末の12月31日時点では830万回線(前年から177万回線の純増)に達した。2024年12月期の売上高(楽天モバイル単体)は2,839億円(前年比+26.2%)、Non-GAAP営業損失は2,163億円で、前年から850億円改善した。競争を仕掛けた側の楽天モバイル自身が収益改善に向かい始めたことは、今振り返ると「値下げ競争が一巡した」ことを示す転換点でもあった。この頃から、大手3社の側では既存プランの見直し(実質的な値上げ)を検討する空気が強まっていく。
2025年4月〜5月、ドコモ・auが既存プランを値上げ——「下げる圧力」から「上げる現実」への反転
2025年4月24日、NTTドコモは新料金プラン「ドコモMAX」を発表し、同年6月5日の提供開始とともに、割引適用前で1,133円(フル割引適用後は220円)の値上げとなる料金改定を実施した。同年5月7日にはKDDIも既存プランの値上げ(同年8月1日実施・110〜330円)を発表し、サブブランドのUQモバイルも同年11月に追随した。2018年の「4割下げる余地がある」発言から7年、政府主導の値下げ圧力によって作られた低価格帯のプランが、通信インフラの維持コストや投資負担の増加を理由に上方修正され始めた。値上げの説明として各社が共通して挙げるのが、5G基地局の追加整備・サイバーセキュリティ対策・システム更新にかかる投資負担であり、値下げ期に絞り込んだ収益構造を、通信品質を落とさずに維持するための調整という位置づけになっている。この反転は個人契約だけでなく法人契約にも及び、複数回線を抱える中小企業の通信費予算に直接影響を与える最初の波になった。
2026年7月1日、ソフトバンク・ワイモバイルも追随——4社中2社が値上げに転じた構図
2026年7月1日、ソフトバンクは既存の料金プラン(法人契約を含む)の月額料金を110円から550円改定した。データ無制限系プランは550円、30GB以上のプランは330円、小容量プランは110円という改定幅で、現在契約中の利用者にも自動的に適用される。同社は「ギリギリまで料金改定を待った」としつつ、ドコモ・KDDIに続く形での値上げに踏み切った。サブブランドのワイモバイルも「シンプル3」が同年6月2日から、「シンプル2」「シンプル」が7月1日から、それぞれ220〜330円の値上げを実施している。これにより、大手4社のうち既存プランを値上げしていないのはドコモ(一部を除く)と楽天モバイルの2社のみとなり、2026年5月8日の決算会見でドコモの前田義晃社長は既存プランの値上げについて「否定できない状態」としつつ検討中とコメントしている。値上げが業界標準になりつつある構図が固まった。
中小企業の負担はどこに乗るのか——法人回線・複数番号・ユニバーサルサービス料の積み上げ
値上げは1回線あたり数百円でも、法人契約は複数回線を抱えることが多く、積み上げると年間の固定費に直結する。仮に50回線を運用する企業がソフトバンクの最大改定幅(月額550円)を受ければ、年間で33万円の負担増になる計算だ。加えて見落とされがちなのが、電話番号1件ごとに課される小さな法定負担である。電話ユニバーサルサービス料は2026年1月利用分から1番号あたり月額2.2円(2025年12月まで3.3円)に、電話リレーサービス料は2026年度(2026年4月〜2027年3月利用分)も1番号あたり月額1.1円で継続する。これらは電気通信事業法・聴覚障害者等による電話の利用の円滑化に関する法律に基づく制度料で、利用中のサービスの種類を問わず番号数に応じて自動的に請求書に上乗せされる。1回線あたりでは数円でも、社用携帯を50台・100台単位で抱える企業では、料金改定の通知を見落とさず、契約している回線数そのものを定期的に棚卸しすることが最初のコスト管理になる。
新規事業の「決め方」を、メールで。
市場の見極め方・撤退基準・成功事例のノウハウを毎週お届けします(無料)。 どんな内容か見る →
もう一つの選択肢——MVNO・格安SIMという「値上げに乗らない」道とそのトレードオフ
大手3社の値上げに直接乗らない選択肢が、大手の通信網を借りて運営するMVNO(格安SIM)だ。法人向けMVNOの活用例では、月額1,980円程度のプランを10台導入した場合、年間コストは約23.8万円という比較が示されており、大手キャリアの法人プランより月額2,000円以上安くなるケースも珍しくないとされる。ただし、キャリアメールが使えない、混雑時間帯に速度が落ちやすい、対面サポートが薄い、SIM差し替えやAPN設定が原則自社対応になるといったトレードオフもある。通話が多い部署は大手のかけ放題、データ中心の部署はMVNOという「回線の使い分け」が実務的な落としどころになる。
ここを外すと議論が空転する——「格安SIM=品質が悪い」ではなく、通信網は大手と同じという事実
「格安SIMは電波が悪い」という理解は半分だけ正しい。MVNOは自前の基地局を持たず、NTTドコモ・au・ソフトバンクいずれかの通信網を借りて通信を提供しており、電波の届く範囲(カバレッジ)自体は借りている大手キャリアと同じだ。速度が落ちるのは、平日昼や通勤時間帯など利用が集中する時間帯に、MVNOに割り当てられた回線容量が相対的に小さいために起こる現象であり、「常に遅い」わけではない。データ通信中心で時間帯を選べる業務であれば、この制約は実務上ほとんど問題にならない。
2026年、5Gとローカル5Gという投資機会——つながるコストを「守り」から「攻め」に変える視点
通信費を「削るコスト」としてだけ見るのではなく、5G・ローカル5G(自社構内に限定した5G網)を工場のIoTセンサーや無人搬送車の制御に使う「攻めの投資」として捉える動きも広がっている。総務省・経済産業省の各種DX支援に加え、2026年度の「デジタル化・AI導入補助金」ではセキュリティ対策推進枠(補助率1/2〜2/3・上限150万円)でネットワーク監視システムの導入も対象になり得る。値上げへの対処と、5G活用による生産性向上への投資は別の議論であり、通信費の見直しで生まれた予算を後者に回すという発想の転換が、単純な値上げ対応より大きな効果を生む可能性がある。
この先の分岐——ドコモ・楽天モバイルが値上げに動くかどうかが中小企業のコストを再び左右する
2026年8月時点で、大手4社のうち値上げを見送っているのはドコモと楽天モバイルの2社だけだ。ドコモは2026年5月8日の決算会見で既存プランの値上げについて「否定できない状態」としつつ検討中とコメントしており、他社の値上げに追随する可能性は残る。一方の楽天モバイルは2024年末に契約回線830万・Non-GAAP営業損失850億円改善という収益改善を見せており、価格競争力を維持する側に立つ余地がある。ドコモが値上げに動けば「4社すべてが値上げ」という構図が完成し、動かなければ価格競争の最後の受け皿として存在感を増す。中小企業の通信費戦略は、この1社の判断を見ながら、値上げに乗らない回線をどこまで確保するかという設計に落とし込む必要がある。
よくある質問
Q. なぜ2018年に「値下げ」だったのが2026年に「値上げ」に反転したのか?
2018年の政府主導の値下げ圧力と2020年の楽天モバイル参入で価格競争が激化し、2021年の格安ブランド投入で低価格帯が定着した。しかし通信インフラの維持・投資コストが増加する中、2025年以降はドコモ・au・ソフトバンクが既存プランの料金を段階的に見直し始めている。
Q. 中小企業が今すぐできる対策は何か?
まず契約している回線数と料金プランを棚卸しし、不要な回線・オプションを解約する。次に通話中心の回線とデータ中心の回線を分け、後者はMVNO(格安SIM)への切り替えを検討する。複数回線を一括管理できる法人向けポータル(各社の法人コンシェルサイト等)の活用も有効だ。
Q. 格安SIM(MVNO)に乗り換えると通信品質は落ちるのか?
MVNOは大手キャリアの通信網を借りているため、電波が届く範囲自体は同じだ。ただし利用が集中する時間帯は速度が落ちやすい傾向があり、キャリアメールが使えない、対面サポートが薄いといった制約もある。業務内容に応じて大手回線と併用するのが実務的な対応になる。
Q. 電話ユニバーサルサービス料・電話リレーサービス料とは何か?
いずれも電話番号を持つ全利用者が公平に負担する法定の制度料で、2026年時点で電話ユニバーサルサービス料は1番号あたり月額2.2円、電話リレーサービス料は1番号あたり月額1.1円。1回線では小さな金額だが、法人で多数の番号を抱える場合は積み上げて確認する価値がある。
主な出典
本稿はAtlas DataLakeの一次情報ファクト(industry-vertical/telecom-it/telco セル等・本文中[DL:cell_id]表記)に加え、下記の公開一次情報・報道を参照して作成した。企業名・料金・数値は各社公表資料・政府資料に基づく。
セルウェルは市場調査・マーケティング支援の会社として、国内市場のデータ整備から商品戦略の実装まで一貫して支援しています。検討中のテーマがどこまで固まっているかを短時間で確かめたい方は事業化スコア診断(無料)を、個別のご相談はお問い合わせからお気軽にどうぞ。
※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗。
無料ワークシート
成長分野の接点マップ
強みの棚卸し5行×17分野のマトリクス。
その企画、いま投資する価値はあるか。
10問・無料3分の「事業化スコア診断」で、調査・事業化に進む前の投資判断を可視化します。







