ファナックは、NCシェア世界最大級・工場ロボット世界大手として2026年3月期に売上8,578億円・営業利益率21.4%を記録し、2023年3月期以来の売上高過去最高を更新する増収増益となった一方、中国では出荷台数シェアを現地メーカーに逆転され、ヒューマノイドロボット市場には参入しない選択をし、創業家は自ら経営から退いた。山梨県忍野村の本社を中心に70年かけて築いた「限定的独占」というビジネスモデルが、今、複数の方向から同時に問われている。

1956年、富士通の一事業だった頃——「3C構想」でNC開発を託された技術者

ファナックの起点は、独立した会社ではなく富士通信機製造(現・富士通)の社内の一事業だった。1956年、当時の尾見半左右常務が「これからは”3C”(Computer・Control・Communication)の時代が来る」と語り、機械工学出身の技術者・稲葉清右衛門にコントロール(NC=数値制御)の開発を託した。稲葉は自著『ロボット時代を拓く』でこの瞬間を振り返り、MITのサーボ機構レポートに強い興味を覚えたと記している。ただし社内事業としての船出は楽観的なものではなく、参入から黒字転換までに10年を要した。大企業の一部門だからこそ許容された長い赤字期間が、後の独立採算企業ファナックの技術基盤を静かに育てた。

1972年5月12日、資本金20億円で分離独立——富士通ファナック株式会社の発足

1972年4月14日、富士通取締役会がNC部門の分離を決定し、同年5月12日、資本金20億円・社員約630名で「富士通ファナック株式会社」が設立された。稲葉清右衛門は専務として事実上の経営トップに就く。富士通は当時約40%を保有する筆頭株主として残ったが、2000年から段階的に株式売却を進め、2009年8月に残る全株式を売却して資本関係を完全に解消した(2026年8月時点で富士通の保有株はゼロ)。設立から4年目にあたり、公表決算数値をたどれる最も古い1976年3月期(当時はまだ小規模企業)の売上高は92.77億円、純利益5.27億円。現在の売上規模8,578億円と比べると、約93分の1の規模だった。

オイルショックが生んだ決断——電気油圧パルスモータからDCサーボモータへの転換

1973年10月のオイルショックは、多くの製造業にとって危機だったが、稲葉清右衛門にとっては転換の契機になった。自著によれば、当時主力としていた「電気・油圧パルスモータ」を捨て、米国ゲティス社(ウィスコンシン州)のDCサーボモータ技術をライセンス導入する決断を、ほぼ即断で下したという。「これがなかったならば、ファナックの現在のシェア(75%)は、おそらく競合メーカーのそれと逆転していたのではなかろうか」と稲葉自身が振り返る通り、1974年7月に始まったDCサーボモータの製造販売は、その後のNC市場での高シェアの技術的土台になった。石油危機という外的ショックを技術転換の機会に変えた経営判断は、後年の「壁」への対応を考える際の参照点にもなる。

1974年、工作機械ではなく「ロボット」を選んだ理由——顧客と競合しない領域への参入

NC装置の会社だったファナックは、1974年に自社開発でロボット事業に参入した。ここで注目すべきは「工作機械」という最終製品には手を出さなかった点だ。ファナックのNC装置は工作機械メーカーに販売する部品であり、自ら工作機械を作れば顧客と競合してしまう。稲葉が選んだのは、当時まだ市場が未成熟だった産業用ロボットという「顧客と競合しない最終製品」だった。この選択は、NC装置という要素技術の会社から、ロボットという完成品を扱う会社への転換点であり、現在ロボット部門が売上の44.1%(2026年3月期)を占める事業構成の起点になっている。

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1982年7月、社名変更までの10年で売上10倍——NCシェア70%という「限定的独占」

1975年5月、稲葉清右衛門が代表取締役社長に就任。1976年11月に東京証券取引所2部へ上場し、1982年6月には米ゼネラルモーターズとの合弁GMFanuc Roboticsを設立、翌7月に「富士通ファナック株式会社」から「ファナック株式会社」へ社名を変更した。社名変更直前の1982年3月期(決算期は毎年3月末のため、社名変更自体は次の1983年3月期に該当)の売上高は923.39億円・純利益156.83億円。1976年3月期の92.77億円から6年で約10倍に伸びた計算になる。1985年にはNCシェア70%・売上高経常利益率36.6%という日本トップクラスの収益性を確保。汎用品に絞り込み、代理店を介さず高付加価値な価格で売る構造が、少品種を高シェアで押さえる「限定的独占」という高収益体質を作り上げた。

2026年3月期、売上8,578億円・営業利益率21.4%——過去最高を更新した増収増益の内訳

2026年3月期(2025年4月〜2026年3月)の連結業績は、売上高8,578億3,100万円(前期比+7.6%)、営業利益1,837億6,300万円(+15.7%、営業利益率21.4%=前期19.9%から改善)、親会社株主に帰属する純利益1,665億4,300万円(+12.9%)。セグメント別では、ロボット部門が3,786億1,000万円(構成比44.1%、+14.9%)と最大の伸びを見せ、FA部門2,084億7,800万円(24.3%、+7.0%)、サービス部門1,411億4,300万円(16.5%、+4.4%)が続く一方、工作機械向けのロボマシン部門は1,296億円(15.1%、-5.8%)と減収だった。地域別では海外売上比率が約87.1%(アジア3,525億9,900万円が最大)。2027年3月期は売上9,096億円(+6.0%)・営業利益2,122億円(+15.5%)を見込む増収増益予想を公表している。

壁①:中国で失われる出荷シェア——産業用ロボット四大メーカーの一角が2025年に逆転された日

ファナック・ヤスカワ電機(日本)・ABB(スイス)・KUKA(独)は中国の産業用ロボット市場で「四大家族」と呼ばれ、長く外資系ブランドが出荷台数の7割超を占めてきた。中国の産業データベース(MIR Databankなど、業界推計=⚠️)によれば、この構図が2020年前後の外資系シェア約71%超から、2025年には中国国産ブランドのシェアが54〜55%まで上昇し、外資系は45〜46%に後退したとされる。さらに2025年には中国メーカーの埃斯頓(Estun)が出荷台数シェア約10.6%で「四大家族」を上回り、単一メーカーとして中国市場の出荷ランキング首位に立ったと報じられている。一方でファナック自身の2026年3月期決算は「中国ではEV関連向け・一般産業向けが好調に推移し売上が大きく増加」としており、売上高そのものは中国で伸びている。つまりファナックが失っているのは「今の売上」ではなく、価格競争が激しい汎用機の「出荷台数シェア」であり、高付加価値・高精度な領域に立ち位置を絞り込めるかどうかが次の分岐点になる。

壁②:ヒューマノイドロボットに乗らない選択——ヤスカワが投資する市場をなぜ見送るのか

米中の巨大テック企業やスタートアップがヒューマノイド(人型)ロボットに巨額投資する中、ファナックは自社でヒューマノイド機体を開発する路線に踏み込んでいない。代わりに採っているのが、NVIDIAのIsaac・GoogleのIntrinsic/Gemini Enterprise系技術など外部のAI基盤と自社の産業用ロボット・制御技術を組み合わせる「Physical AI」のオープンな連携路線だ。対照的に競合のヤスカワ電機は2025年に人型ロボット開発のスタートアップ・東京ロボティクスを買収してヒューマノイド事業に参入し、米ウィスコンシン州には今後8〜10年間で約1億8,000万ドル(約260億円規模)を投じる新拠点(産業用ロボット・半導体関連製品の生産拠点)の建設も進めている。ヒューマノイドが工場の主力設備になるのはまだ先の話だが、「自社で人型を作るか、AI基盤と連携するか」という戦略の分岐は、次世代の工場自動化で誰が主導権を握るかを左右する論点になっている。

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壁③:米国関税12.5%(根拠法は半年で3回転換)と「脱・特定製品依存」——iPhone特需の記憶が問いかけるもの

2025年8月7日、米国は国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づく「相互関税」として日本からの輸入品に15%の追加関税の適用を開始した。しかし2026年2月20日、米連邦最高裁は同法が大統領に関税を課す権限を与えていないと判断し、この相互関税の徴収は2月24日に停止された。米政権は同日から通商法122条に基づく10%の暫定関税(150日間)に切り替え、さらに2026年7月24日には強制労働対策の不十分さを理由とする通商法301条関税に移行し、日本には基本税率と合算で12.5%の関税が適用されている(2026年8月時点)。根拠法と税率が半年余りで3回変わる中でも、ファナックは価格移転などで吸収を図りつつ、米国内では現地に競合する大手ロボットメーカーが少ないこと、製造業の国内回帰(リショアリング)投資を背景に需要自体は強いとされる。もう一つの構造的な壁は「特定製品への依存」の記憶だ。2020年3月期、ファナックはスマートフォン筐体加工向けロボドリル(小型マシニングセンタ)の特需終了などにより純利益が前期比52.4%減(733億7,100万円)となった。iPhoneという単一顧客群の需要変動が業績を大きく揺らした経験は、ロボマシン部門の比重を下げロボット・サービス部門を厚くする現在の事業構成にも影響している。関税の根拠法自体が短期間で入れ替わる不確実性に対し、特定製品・特定地域への依存度をどこまで下げられるかが問われている。

結論を急ぐと見誤る点——ファナックは「ロボットの会社」からいつ変わったのか

「ファナック=黄色い産業用ロボットの会社」という理解は半分だけ正しい。2026年3月期の事業別売上構成比はロボット部門44.1%が最大だが、NC装置・サーボ機構を扱うFA部門も24.3%を占め、この二つは技術的に地続きだ。そもそもファナックは1956年からNC(数値制御)の会社であり、ロボットに参入したのは1974年と、会社の歴史の後半になってからである。さらに工作機械そのものを作る「工作機械メーカー」でもない。ファナックが売るのは工作機械やロボットの「中の神経系」であるNC装置・サーボ・センサー・ソフトウェアであり、最終製品としてのロボット以外にも、他社の工作機械メーカーに部品を供給する立場を保っている。「ロボットだけの会社」という理解では、FA部門の存在意義とEV・半導体製造装置向けの拡大の意味を見落とす。

2025年6月27日、稲葉家が自ら幕を引いた日——「カリスマ世襲」の終わりと山口体制

創業者・稲葉清右衛門は1975年から社長、1995年から会長を務め、2020年10月2日に95歳で逝去した。その子・稲葉善治は2003年に社長、2016年6月に会長兼CEOに就任し、山口賢治が社長兼COOとして経営執行を担う体制に移行。2019年4月には山口が社長兼CEOに就き、稲葉善治は会長職に専念する形になった。そして2025年6月27日の株主総会で、稲葉善治は取締役会長を退任し特別顧問に就いた。創業者一族が取締役として経営に関わる体制が、1972年の分離独立から半世紀を経て自らの意思で幕を引いた出来事であり、山口賢治社長兼CEOを中心とする経営体制への完全な移行を意味する。稲葉家という「顔」を失うことが、規制対応や中国戦略といった実務的な壁への意思決定速度にどう影響するかは、今後の決算説明で見えてくる部分になる。

この先の分岐——2027年のEU規制と、成長17分野の一つ「AI・半導体」との接続点としての次の一手

ファナックの前には、期限が明確な規制の壁も控えている。EUの新機械規則(Machinery Regulation)は2027年1月20日に全面適用、サイバーレジリエンス法(CRA)は2027年12月11日に本格適用となる。AI法(AI Act)の高リスクAIシステム規定のうち、ロボット・工作機械などの製品組み込み型(Annex I)は当初2027年8月2日適用の予定だったが、2026年7月に成立した改正(AIオムニバス)で2028年8月2日に延期され、機械規則側に同等の要件を統合する方向に切り替わった。適用時期は延びたものの、複数の規制へ同時対応する必要性自体は変わらない。一方で、成長17分野の一つ「AI・半導体」の裾野には、半導体工場で使う「検査装置」という接続点があり、EV・半導体向けの設備投資の波はファナックのロボット部門にとって追い風でもある。中国での出荷シェア逆転、ヒューマノイドという新市場への不参加、米国関税、EU規制、そして創業家からの経営移行——複数の壁が同時に立つ2026年から2027年にかけて、どこに経営資源を絞り込むかが、次の70年の輪郭を決める。

よくある質問

Q. ファナックは中国市場から利益を得られなくなっているのか?

いいえ。2026年3月期の決算では中国のEV関連・一般産業向け需要が好調で、ロボット部門の売上を押し上げたと説明されている。失われているのは価格競争が激しい汎用ロボットの「出荷台数シェア」であり、現時点の売上そのものは伸びている。

Q. ファナックはヒューマノイドロボットを作らないのか?

2026年8月時点で自社によるヒューマノイド機体の開発は表明していない。NVIDIAやGoogle系の外部AI基盤と自社の産業用ロボット・制御技術を組み合わせる連携路線を取っている。競合のヤスカワ電機はヒューマノイド事業への参入を表明しており、戦略の違いが明確になっている。

Q. 創業家(稲葉家)は今も経営に関わっているのか?

2025年6月27日の株主総会で稲葉善治氏が取締役会長を退任し特別顧問に就いた。取締役としての経営への直接関与はこの時点で終了し、山口賢治社長兼CEOを中心とする経営体制に完全に移行している。

Q. 米国の関税はファナックの業績にどの程度影響しているのか?

2025年8月7日から日本製品に15%の関税(相互関税)が適用されたが、2026年2月の米連邦最高裁判決でこの関税の法的根拠(IEEPA)が否定され、2月24日に徴収が停止された。その後、通商法122条に基づく10%の暫定関税を経て、2026年7月24日からは通商法301条に基づく12.5%の関税に切り替わっている(2026年8月時点)。ファナックは価格移転などで吸収を図っているとされ、2027年3月期は増収増益の見通しが公表されている。米国内は現地に競合する大手ロボットメーカーが少なく、製造業の国内回帰投資を背景に需要自体は強いとみられている。

主な出典

本稿はAtlas DataLakeの一次情報ファクト(industrial-machinery/robot セル等)に加え、下記の公開一次情報・報道を参照して作成した。企業名・数値は各社公表資料に基づく。中国市場の出荷シェアに関する数値は業界データベースの推計であり、企業自身の公表値ではない(本文中に明示)。米国の対日関税は、IEEPA相互関税(2025年8月〜)→米最高裁判決による失効・通商法122条10%(2026年2月〜)→通商法301条12.5%(2026年7月24日〜、2026年8月時点で現行)と根拠法・税率が変遷しており、本稿は2026年8月時点の最新制度に基づいて記述している。

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※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗。

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