越境ECを利用または検討している中小企業のうち、47.0%が「日本から海外への直接販売(越境EC)」を選んでいます。大企業が「海外拠点での販売」を選ぶ割合が高いのに対し、自社拠点を持たない中小企業ほど越境ECに寄っている構図です(ジェトロ2025年度調査)。ところが同じ調査の裏側を見ると、出品の準備段階で止まっている企業が少なくありません。ジェトロが支援する米英アマゾンの出品プログラムでは、参加登録済みの企業のうち米国で約3割、英国で約7割が、アンケート時点でまだ出品を開始できていませんでした。「サイトを多言語化すれば売れる」という入口の期待と、実際に足を止める壁の位置には、かなりの距離があります。
「越境ECをやっている中小企業」は本当にどれだけいるのか
まず数字を確認します。経済産業省が2025年8月26日に公表した「令和6年度電子商取引に関する市場調査」によると、2024年の国内BtoC-EC(消費者向け電子商取引)市場規模は26兆1,225億円(前年24兆8,435億円、前年比5.1%増)。同じ2024年、中国の消費者が日本の事業者から購入した越境EC額は2兆6,372億円(前年比8.5%増)、米国の消費者が日本の事業者から購入した額は1兆5,978億円(前年比8.0%増)でした。いずれも前年から増えており、日本の商品への海外需要そのものは縮んでいません。
問題は、この需要をつかんでいる企業がどれだけいるかです。ジェトロが2025年11〜12月に実施した「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(回答企業3,369社、うち中小企業2,946社)では、国内外でECを利用した経験がある企業は42.2%。企業規模別では、中小企業の43.0%が「利用したことがある」と回答し、大企業の36.6%を上回りました。今後の拡大意向も中小企業40.3%・大企業29.1%で、中小企業のほうが積極的です。ECの利用経験そのものは2021年度の49.6%(拡大意向)をピークに緩やかに減っており、目新しい流行ではなく、すでに一段落した選択肢として定着しつつあります。
| 指標(2025年度・企業規模別) | 中小企業 | 大企業 |
|---|---|---|
| ECを利用したことがある | 43.0% | 36.6% |
| 今後、利用を拡大する | 40.3% | 29.1% |
| 海外向け販売で「越境EC」を選ぶ割合 | 47.0% | —(大企業は海外拠点販売が4割超) |
出典:ジェトロ「2025年度 第24回 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(2026年3月公表)。EC利用企業のうち海外向け販売を行う/検討する企業を対象にした設問。
なぜ「まずはモール出店」を選ぶ中小企業が多いのか
経済産業省の同調査は、越境ECの取り組み方を6つの事業モデルに整理しています。既存の自社ECサイトを多言語・多通貨対応に広げる「国内自社ECサイトモデル」、国内の越境EC対応モールに出す「国内ECモール出店」、相手国のモールへ直接出す「相手国ECモール出店」、相手国の保税倉庫に商品を先に置いておく「保税区活用型」(中国向けで多い)、現地の輸入業者を介す「一般貿易型」、相手国で自社サイトを一から構築する「相手国自社サイトモデル」の6つです。
このうち中小企業の多くが選ぶのは、自社サイトの新設ではなく既存モールへの出店です。日本政策金融公庫がジェトロ職員の現場ヒアリングをまとめたレポート(2024年1月公表)は、理由をこう説明しています。「多くの中小企業は、予算・人員・時間等の制約があり、自社越境ECサイトを構築することが難しい」。だからAmazonやeBayのような越境ECプラットフォームを使う企業が多い、という順序です。ジェトロが米英アマゾンへの出品を支援する「JAPAN STORE」プログラムでも、初めて海外アマゾン販売に取り組む企業は、市場規模が大きく規制面のハードルが比較的低いと言われる米国から挑戦する場合が多いと報告されています。
出品前に、なぜ英国では7割が足踏みするのか
ただし「モールに出せば早い」わけではありません。ジェトロが2025年11月に公表した分析レポートによると、JAPAN STORE参加企業向けアンケート(2024年7月実施)の時点で、未出品の企業は米国で約3割、英国では約7割にのぼりました。出品できていない理由(複数回答)として、米国・英国いずれも約半数が「商品準備に時間がかかっているため」を挙げています。ラベルやパッケージの海外対応、現地の規制やニーズに合わせた商品選定、商品ページの英語説明文の準備などが中身です。
次に多い理由は国で異なります。米国では「配送業者を手配中のため」。英国では「認証取得中のため」です。とくに食品や医薬品は、米国食品医薬品局(FDA)への製造施設登録や米国代理人の指定、商品ラベルの英語化が必須になるなど、規制対応が重い品目が多い。英国では品目を問わず付加価値税(VAT)の登録が必要で、ジェトロの調査レポートによれば登録には3カ月から6カ月ほどかかると言われています。準備段階だけで、四半期をまるごと使う計算です。
出品前に確認したい国別の壁(ジェトロ・日本政策金融公庫の資料から) 米国:食品・化粧品はFDA(米国食品医薬品局)への製造施設登録・米国代理人の指定が必須/英国:品目を問わずVAT(付加価値税)登録が必要、3〜6カ月を要する/中国:越境EC小売輸入商品リスト(通称ポジティブリスト)に載っている商品しか売れない
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国際輸送・通関でつまずく典型パターンとは
準備を終えて出品しても、輸送と通関の設計を誤ると足元をすくわれます。日本政策金融公庫のレポートは「どの地域にも共通する課題」として、配送場所・手段の選定を挙げています。越境ECプラットフォームごとに、注文が入る前に現地の保税区や倉庫へあらかじめ商品を送っておく方式があり、物流業者の選定に関する問い合わせが多く、輸送費用が想定外の負担になったという声があったとしています。
もう一つ、2026年に入ってから効いている変化があります。米国は2025年8月29日以降、800ドル以下の少額輸入貨物にかけていた関税免除・簡易通関の仕組み(通称デミニミスルール)を、全世界向けに撤廃しました。ジェトロの調査(2025年度)では、米国向けにECで販売している企業(372社)のうち約半数がこの撤廃の影響を受けたと回答。具体的な内容は「通関・物流コストの増加」「売上の減少」「商品価格の見直し」がそれぞれ約4割で並んでいます。少額だから簡単に送れる、という前提そのものが崩れたということです。
米国向け越境ECで起きている変化(2025年度)
約半数 デミニミスルール撤廃の影響ありと回答(米国向けEC企業n=372)|約4割 通関・物流コスト増加/売上減少/価格見直し、それぞれの回答割合
商標や個人情報保護でも、なぜ足をすくわれるのか
通関を越えても、別の壁が待っています。日本政策金融公庫のレポートが挙げるのは商標です。日本国内でしか商標登録をしていない企業は多く、出品先の越境ECプラットフォームで自社商品の模倣品がすでに出品されているケースがある一方、現地で自社ブランド名の商標登録が先に行われていると、自社の出品が「侵害している」側とみなされることもあるといいます。海外で売る前に、自社の名前を自社で守れていない状態で参入してしまう構図です。
個人情報保護も国ごとに異なります。米国カリフォルニア州の消費者プライバシー法(CCPA)、EUの一般データ保護規則(GDPR)、中国の個人情報保護法(PIPL)は、それぞれ求める管理水準や手続きが違い、EC事業者が顧客データを扱う以上は無関係でいられません。中国向けにはさらに、前述の「ポジティブリスト」に載っている商品でなければ越境EC経由での輸入自体ができない、という規制上の入口もあります。
決済・言語を自前で用意できない企業は、どうしているか
現地の決済手段や多言語対応を、すべて自社で構築するのは重い負担です。ここで実際に使われている代替手段が、ジェトロの「JAPAN MALL事業」です。対象は日本企業(海外進出日系企業を含み、大企業も参加可能)で、参加費は無料。仕組みが特徴的で、連携する海外ECバイヤーとの取引条件は原則として日本国内での納品・円建て決済・全量買い取りになります。つまり、現地の決済手段を自社で用意する必要も、商談を外国語で進める必要も、海外での在庫リスクを抱える必要もありません。ジェトロが商談を仲介し、成約すればバイヤーとジェトロが連携して現地でのプロモーションまで行います。対象国・地域は欧州(フランス・ドイツ・英国)、東南アジア(シンガポール・マレーシア・カンボジア・インドネシア・ベトナム)、中国、米国、中東6カ国、南米(チリ)など多岐にわたります。
これは、自社で規制対応・配送・現地口座開設まで担う「JAPAN STORE」型のアマゾン出品とは対照的な設計です。JAPAN STOREは現地市場に自社ブランドとして立つ分、準備の負荷が重い。JAPAN MALLは決済と言語の壁をバイヤー側に委ねる分、自社ブランドとしての現地での見え方は限られます。日本商工会議所が発行する「越境EC/海外販売の基礎知識」も、決済方法・関税・規制・物流という貿易実務の基本を先に確認するよう促しており、どちらの型を選ぶにせよ、自社で抱える範囲を先に決めておくことが前提になります。
JETRO・中小企業庁の補助金は、実際どこまで使われているか
資金面の支援策も動いています。経済産業省・中小企業庁・ジェトロ・中小企業基盤整備機構(中小機構)が2022年12月から共同で進める「新規輸出1万者支援プログラム」は、輸出を検討する中小企業に専門家が無料で伴走するハンズオン支援が柱です。ジェトロの発表(2025年6月)によれば、登録事業者は既に2万2,000者を超えています。
補助金は2026年度に制度が組み替わりました。従来の「ものづくり補助金グローバル枠」は、海外への直接投資・海外市場開拓(輸出)・インバウンド対応・海外企業との共同事業という4類型のいずれかが対象でしたが、2026年6月29日公募開始の「新事業進出・ものづくり商業サービス補助金」グローバル枠では、対象が「海外市場開拓(輸出)に向けた国内の輸出体制強化」に一本化されました。補助率は中小企業者2/3、補助上限額は従業員規模に応じて最大7,000万円(賃上げ特例適用時は最大9,000万円)、補助下限額は750万円です。もう一つ、小規模事業者持続化補助金は越境ECサイトの構築費用なども対象で、補助上限は原則50万円(インボイス特例・賃金引上げ特例を組み合わせると最大250万円)、補助率は2/3です。
| 支援策 | 対象・内容 | 金額・条件 |
|---|---|---|
| 新規輸出1万者支援プログラム | 専門家によるハンズオン支援 | 無料、登録2万2,000者超(2025年6月) |
| 新事業進出・ものづくり商業サービス補助金(グローバル枠) | 輸出体制強化に向けた設備投資等(2026年度新設) | 補助率2/3、上限最大7,000万円(特例時9,000万円) |
| 小規模事業者持続化補助金 | 越境ECサイト構築・海外展示会出展等 | 補助率2/3、上限原則50万円(特例時最大250万円) |
出典:ジェトロ・中小企業基盤整備機構(中小機構)の公表資料。補助金は公募回ごとに要領が変わるため、申請時点の最新の公募要領を必ず確認する必要があります。
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なぜ「規制対応が最大の壁」と分かっていても遅れるのか
ここまでの壁は、支援機関側もすでに把握しています。日本政策金融公庫のレポートが引用するジェトロの2022年度調査では、海外向け販売でECを利用する企業の課題として「販売先国・地域の市場・制度・提携相手に関する情報不足」「ECサイト構築や販売促進への対応」「自社ブランド認知度向上の難しさ」が上位に挙がり、中小企業はほとんどの項目で大企業より課題を抱える割合が高いと指摘されています。分かっている壁のはずなのに、なぜ足が止まるのか。
ここで若手が誤解しやすいのは、「越境ECは自社サイトを多言語化すれば始まる」という順番です。実際に足を止めているのは、翻訳よりも先に来る規制対応・物流手配・予算確保のほうです。JAPAN STORE参加企業の内訳を見ても、越境EC(米英アマゾン)専任の担当者を置いている企業は約10%にとどまり、Amazon(日本)や海外営業・国内営業との兼任が約50%、経営者自身の兼任が約30%を占めます。専任者がいなくても参入自体は可能ですが、規制確認や物流手配のような「誰かがやらないと進まない」作業を兼務者が片手間で抱えると、準備段階でそのまま止まりやすくなります。
何から手を付けると、挫折せずに進められるのか
ジェトロの分析では、アマゾン出品で取り組むべき課題は出品・売上の段階によって移り変わります。出品手続きの段階では「物流手続き」と「予算の確保」、売上創出の段階では「商品認知度の向上」、売上拡大の段階では「検索エンジン最適化(SEO)対策・広告運用」が課題として浮かび、売上が安定したあとも規制や関税の制度変更対応は続きます。段階ごとに課題の質が変わるという前提を持たずに全部を同時にやろうとすると、どこから手を付けてよいか分からなくなります。
実際に売上を伸ばしている企業の行動にも特徴があります。JAPAN STORE参加企業のうち売上上位1割の企業は、7割以上が1日1回以上、商品管理画面を確認しています。また7割以上が、Amazonが実施する商戦イベントに1回以上参加しています。逆に売上が発生しなかった企業のうち、6割は商戦イベントに1回も参加していません。市場分析についても、売上上位企業ほど競合商品のレビュー確認や損益分岐点のシミュレーションを実施していました。
準備段階で先に確認しておきたいこと ①販売先国のFDA(食品医薬品局)・VAT(付加価値税)・ポジティブリストなど規制対応の要否と所要期間 ②配送方法(自社出荷か、現地倉庫への事前納品か)と輸送費の見積り ③自社ブランド名・ロゴの現地商標登録の有無 ④モール出店か自社サイトか、決済と言語対応をどこまで自社で持つか ⑤新規輸出1万者支援プログラムなど無料の伴走支援に先に登録するかどうか
この先、中小企業の越境EC参入はどう変わっていくか
ここから先の展開は、大きく二つの方向が考えられます。一つは、デミニミスルール撤廃を機に、通関・関税を輸出者側が事前に負担する取引条件への切り替えや、現地倉庫の活用が広がり、想定外のコスト増や受取拒否といったトラブルが徐々に減っていく展開です。2026年度の補助金が輸出体制強化に対象を絞ったことも、資金の使い道を物流・通関対応に集中させる方向に働く可能性があります。
もう一つは、規制対応の負担が変わらず重いままで、JAPAN MALLのような「決済・言語・在庫リスクをバイヤー側に委ねる」型への依存がさらに進む展開です。この場合、参入のハードルは下がる一方、自社ブランドとして現地で認知される機会は限られ、値段と取引条件だけで比較される立場に置かれやすくなります。どちらに向かうにせよ、最初に決めるべきは「自社サイトを作るか、モールに乗るか」ではありません。自社が抱える規制対応と物流のどの部分を先に片づけるか、その順番を決めることが、出品前で止まる企業と出品後に売上を伸ばす企業を分けています。
よくある質問
Q. 中小企業の越境EC実施率はどれくらいですか?
ジェトロの2025年度調査では、EC利用を検討・実施している中小企業のうち47.0%が「日本から海外への直接販売(越境EC)」を選んでいます。EC自体を利用した経験がある中小企業は43.0%で、大企業(36.6%)より高い水準です。
Q. 自社ECサイトとモール出店、どちらから始めるべきですか?
経済産業省の調査は越境ECの型を6つに整理していますが、多くの中小企業は予算・人員の制約から既存モール(Amazon等)への出店を選んでいます。自社サイトの多言語化は初期投資が大きく、まず小さく試すならモール活用、自社ブランドとしての見え方を重視するなら自社サイトという判断軸になります。
Q. デミニミスルール撤廃は日本のEC事業者にも関係しますか?
関係します。米国は2025年8月29日以降、800ドル以下の少額輸入貨物への関税免除・簡易通関を全世界向けに撤廃しました。米国向けにECで販売する企業の約半数が、通関・物流コストの増加などの影響を受けていると回答しています(ジェトロ2025年度調査)。
Q. ジェトロの支援は無料ですか?
「新規輸出1万者支援プログラム」のハンズオン支援や「JAPAN MALL事業」への参加は無料です(一部連携先の有料オプションを除く)。一方、補助金(新事業進出・ものづくり商業サービス補助金グローバル枠、小規模事業者持続化補助金など)は申請・審査を経て採択された事業者のみが受け取れます。
Q. 越境ECを始める前に、最初に確認すべきことは何ですか?
販売先国の規制(FDA・VAT・ポジティブリストなど)の要否と所要期間、配送方法と輸送費の見積り、自社ブランド名の現地商標登録の有無、決済と言語対応をどこまで自社で持つかの4点です。準備段階の情報不足が、出品後の課題より先に企業の手を止めています。
主な出典
経済産業省「令和6年度電子商取引に関する市場調査」(2025年8月26日公表、日本・米国・中国3か国間の越境EC市場規模・国内BtoC-EC市場規模)/ジェトロ「2025年度 第24回 日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(2026年3月公表、EC利用状況・越境EC選択率・デミニミスルール撤廃の影響)/ジェトロ「越境ECの課題と克服ポイント(日本)―JAPAN STORE参加企業に見る米英アマゾン出品の実態と工夫」(2025年11月18日公表)/日本政策金融公庫「越境ECに挑戦する企業が直面する課題」(2024年1月、ジェトロ2022年度調査に基づく分析)/ジェトロ「JAPAN MALL事業」「新規輸出1万者支援プログラム」各公式サービスページおよび案内資料/中小企業基盤整備機構(中小機構)「新事業進出・ものづくり商業サービス補助事業」第1回公募要領関連資料・「小規模事業者持続化補助金(通常枠)」公募資料/日本商工会議所・東京商工会議所「越境EC/海外販売の基礎知識」。
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