リスキリング単体では、人手不足は埋まりません。足りないのは「人数」ではなく、職種と、残る人です。ハローワークの有効求人倍率は令和8年6月で1.18倍です。一方、帝国データバンクの2026年4月調査では、正社員が足りないと感じる企業は50.6%です。倍率は1を超えていても、現場では半分の会社が正社員不足を訴えています。本記事では、採用・既存人材の再訓練・特定技能・省人化の4つを対比し、中小が先に決める組み合わせをわかりやすく解説します。
当コラムで注目する用語
- 有効求人倍率:ハローワークの有効求人数÷有効求職者数。1を超えると求人の方が多い。
- 正社員有効求人倍率:正社員求人を、パートを除く常用の求職者で割った値。派遣・契約希望者も分母に入る。
- リスキリング:今の仕事の延長ではなく、事業の変化に合わせて新しい技能を身につけること。
- 人材開発支援助成金:厚労省の訓練助成。本稿では「事業展開等リスキリング支援コース」を扱う。
- 特定技能:人手不足業種で外国人材を受け入れる在留資格。1号と、より熟練の2号がある。
- 従業員退職型倒産:人手不足倒産のうち、退職が直接・間接の要因になったケース(帝国データバンクの分類)。
リスキリングは人手不足をどこまで埋めるか——先に答え
結論から書くと、既存社員の再訓練は「今いる人の技能の穴」には効きます。「人がいない職種」そのものには効きません。情報サービスの不足は、案件に合う設計者の取り合いです。建設や運送の不足は、現場に立つ人数と、残る職人の人数です。同じ「人手不足」でも、打ち手が分かれます。
ご担当者様が社内で「リスキリングで埋める」と書くなら、対象を3つに分けてください。今の社員の技能更新、採用、外国人材または省人化です。1枚の稟議に3つを混ぜると、助成金の計画届と、求人広告と、在留資格のスケジュールが後から割れます。
中小で先に決めるのは、どの穴を訓練で埋めるか、です。埋めない穴は、採用か特定技能か、仕事の減らし方に回します。全部を訓練で解こうとすると、計画届の前にキーマンが辞めます。
有効求人倍率1.18倍が示していること、示していないこと
厚生労働省の一般職業紹介状況(令和8年6月分、2026年7月31日公表)では、有効求人倍率(季節調整値)は1.18倍、前月比0.01ポイント上昇です。新規求人倍率は2.16倍。正社員有効求人倍率は1.00倍です。有効求人は前月比0.9%増、有効求職者は0.1%減です。
就業地別の有効求人倍率は、最高が福井県1.72倍、最低が大阪府0.96倍です。受理地別は最高が東京都1.70倍、最低が神奈川県0.84倍です。全国1.18倍は「どこでも同じ過不足」ではありません。本社が東京で現場が福井、という会社では、倍率の読み方が2つ必要です。
産業別の新規求人(原数値・前年同月比)は、サービス業(他に分類されないもの)11.5%増、製造業10.4%増、宿泊業・飲食サービス業5.4%増です。減ったのは情報通信業6.4%減、卸売業・小売業2.6%減、教育・学習支援業2.2%減です。求人が増えている産業と、企業が「正社員が足りない」と答える産業は、必ずしも一致しません。
正社員有効求人倍率1.00倍は、求人と求職がちょうど並んだ、という意味ではありません。厚労省自身が注記している通り、分母には派遣や契約社員を希望する人も含まれます。現場の「正社員が採れない」感覚より、数字は低く出やすい、と読んでください。
業種で足りない人と、足りない理由は別物
帝国データバンクの「人手不足に対する企業の動向調査(2026年4月)」(2026年5月19日、有効回答1万538社)では、正社員不足を感じる企業は50.6%です。4月としては4年連続で半数を超えました。前年同月51.4%から0.8ポイント低下していますが、高止まりです。非正社員不足は28.3%で、4月としては4年ぶりに3割を下回りました。
正社員不足の業種上位は、情報サービス66.7%、運輸・倉庫65.9%、メンテナンス・警備・検査65.9%、建設65.7%です。51業種中7業種が6割以上です。運輸・倉庫だけが、この上位のなかで前年同月比プラス(+1.9ポイント)です。
情報サービスでは、TDBが企業の声として、単純作業は減っても、生成したコードを安定運用する設計者が足りない、と書いています。足りないのは「ITの人数」ではなく、案件に合う技能です。ここはリスキリングの土俵です。運輸・建設は、賃金・不規則勤務・高齢化が重なります。訓練して資格を取らせても、夜勤と賃金が変わらなければ残りません。
非正社員では、人材派遣・紹介だけが60.0%で6割台です。飲食店は59.1%(前年同月比-6.2ポイント)、旅館・ホテルは38.5%で、2022年2月以来4年2カ月ぶりに3割台です。TDBは、スポットワークや来客の落ち着きを背景に挙げています。正社員50.6%と非正社員28.3%は、同じ調査の別の質問です。パートが集まりやすくなっても、正社員の穴は残ります。
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能力開発の数字は「30人以上」の世界
厚生労働省の令和7年度能力開発基本調査(令和8年7月31日公表)は、常用労働者30人以上の企業・事業所が対象です。10人未満の現場はこの調査の外にあります。中小の現実を読むときは、先にこの枠を置いてください。
教育訓練費用(OFF-JTや自己啓発支援)を支出した企業は54.4%です。OFF-JTの労働者一人当たり平均は2.0万円(令和6年度実績、前回より0.5万円増)。自己啓発支援は0.4万円です。計画的OJTを正社員に実施した事業所は60.6%、正社員以外は25.1%です。能力開発に何らかの問題があるとする事業所は80.1%です。
個人調査では、OFF-JTを受けた労働者は37.3%。正社員44.5%、正社員以外19.4%です。自己啓発は正社員43.3%、正社員以外15.9%です。規模別の実施率を本稿では一次表から確定していないため、パーセントの格差は「大企業対中小」ではなく「正社員対それ以外」で書きます。30人以上の世界でも、非正規への訓練は半分以下です。
教育訓練休暇制度の導入は5.7%、短時間勤務は4.7%です。助成金の補助率より先に、休ませて学ばせる余力があるか、が分かれ目です。余力が無い会社に、上限1億円のコースを勧めても、計画届が書けません。
助成金は中小の率が高いが、計画届が先に来る
人材開発支援助成金の「事業展開等リスキリング支援コース」は、厚労省の案内で令和4年度から令和8年度までの期間限定です。経費助成は中小企業75%、大企業60%。賃金助成は中小1時間あたり1,000円、大企業500円。1事業所1年度の上限は1億円です(いずれも公式パンフレットの記載)。
中小の補助率が高いのは事実です。ただし訓練開始前に計画届が必要です。公式案内では、職業訓練実施計画届を訓練開始日の6か月前から1か月前までの間に労働局へ出す必要があります。人が辞めた翌週に申請する、という使い方は制度の形に合いません。先に「誰に、何の技能を、何時間」を1枚に書けない会社は、助成の土俵に乗っていません。
大企業はOFF-JTの単価と専門部署で計画を回せます。中小は、キーマンが講師役と現場の両方です。75%の経費助成があっても、残りの25%と、訓練中の穴を埋める人件費は自前です。TDBが退職型倒産で指摘する「賃上げ原資が無い」状態では、助成を取っても残る人が増えません。
政府の「人への投資」全体の消化額を、本稿では一次統計として確定していません。使えるのは制度の率と上限、能力開発調査の実施率、現場の計画届、の3点です。活用実績の全国一本の数字が無いことを、社内資料では隠さない方が安全です。
退職型倒産は「育てる前に残す」問題
帝国データバンクは、2025年度の人手不足倒産を441件と集計しています。前年度350件から増え、過去最多、年度で初めて400件を超えました。建設業が112件で全体の25.4%です。道路貨物運送55件、老人福祉事業22件も、業種別で過去最多と書いています。
同じTDBの「従業員退職型」倒産(2026年1〜7月、2026年8月7日発表)は83件です。前年同期74件から9件、約12.2%増。コロナ禍の2022年以降、5年連続で増えています。業種別はサービス22件、建設20件、運輸・通信12件です。建設は1〜7月として初めて20件台、運輸・通信は初めて10件超です。
TDBは、コスト上昇を価格に転嫁できず賃上げ原資が取れない、中核メンバーが流出する、という経路を書いています。リスキリングの稟議より先に見るのは、残る人の賃金と、夜勤の人数です。訓練計画の途中で職人が独立すると、助成の対象者ごと消えます。
正社員不足50.6%(2026年4月)と、退職型83件(2026年1〜7月)は、同じ会社の別の痛みです。前者は「採れない」、後者は「残らない」。中小が先に手を打つなら、採る前に残す、です。残す手段は訓練だけではなく、単価と休日です。
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特定技能は代替ではなく補完
出入国在留管理庁の「特定技能在留外国人数(令和7年12月末)のポイント」では、特定技能の在留外国人数は39万296人です。1号が38万2,341人、2号が7,955人。令和7年6月末の33万6,196人から16.1%増です。過去最高と書いてあります。
この39万人は、国内の正社員不足50.6%を打ち消す人数ではありません。特定技能は、制度上、人手不足と認定された分野に限られます。情報サービスの「案件に合う設計者」は、特定技能の主戦場ではありません。建設・介護・外食・宿泊など、現場人数が要る業種の補完です。
リスキリングと特定技能を「どちらか一方」にすると、会議が速く見えて中身がずれます。既存社員の技能更新は、今いる日本人・既にいる外国人の両方に効きます。特定技能は、職種が制度の対象で、受け入れ体制(支援・住居・日本語)が回る会社向けです。対象外の職種に外国人材を足しても、在留資格が合いません。
海外から人を呼ぶ話と、国内の助成金の計画届は、カレンダーが違います。前者は在留審査と送り出し国の手続き、後者は訓練開始の6か月前から1か月前です。同じ四半期に両方を「人手不足対策」と一括すると、どちらも遅れます。社内では列を分けてください。
中小が先に決める3つの組み合わせ
1つ目は、穴の種類です。技能の穴(情報サービス型)か、人数の穴(建設・運送型)か。前者はOFF-JTとOJTの対象者を名前で書く。後者は、夜勤と賃金の表を先に出す。名前が書けない訓練は、助成の計画届にもなりません。
2つ目は、残す人の原資です。退職型倒産が示すのは、訓練の前にキーマンが消える経路です。価格転嫁と賃上げがゼロのまま、補助率75%だけを取る、は続きません。助成の申請書より先に、今月残したい人の給与差額を円で出してください。
3つ目は、埋めない穴の行き先です。特定技能の対象業種なら受け入れ体制、対象外なら採用か仕事の削減(省人化・受注制限)です。受注を取って人がいない、はTDBが建設で拾っている声そのものです。埋めないと決めた穴は、営業目標から落とすか、単価を上げます。
この3つが1枚に落ちてから、人材開発支援助成金のコース名を書いてください。コース名から入ると、計画届の期限だけが先に来ます。
よくある取り違え——倍率・助成率・外国人材
有効求人倍率1.18倍を「人は足りている」と読まないでください。正社員の不足感はなお50.6%です。倍率はハローワークの求人と求職、不足感は企業アンケートです。指標が違います。
中小の助成率75%を「大企業より得」とだけ読まないでください。計画届と、訓練中の穴と、残りの25%は自前です。能力開発調査は30人以上が対象で、それより小さい会社の実施率は、この調査では見えません。
特定技能39万人を「国内不足の代替」にしないでください。分野が限られ、2号はまだ7,955人です。補完であり、リスキリングの代わりではありません。外国人材を入れる会社でも、既存社員のOJT(正社員以外は実施率25.1%)は別問題として残ります。
よくある質問
Q. リスキリングだけで人手不足は解消しますか。しません。技能の穴には効きます。人数の穴と、残らない人の問題には、賃金・採用・特定技能・仕事の削減が別に要ります。
Q. 中小が最初に見る数字は何ですか。全国の有効求人倍率より、自社の職種別の空きと、残したい人の給与差額です。助成の補助率は3番目です。
Q. 特定技能と助成金はどちらを先にしますか。職種が特定技能の対象で、今すぐ人数が要るなら受け入れの検討が先です。今いる人の技能を変えるなら、計画届(開始6か月前〜1か月前)が間に合う訓練が先です。同じ月に両方を始めない方が事故が少ないです。
主な出典
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※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗。
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