2026年7月21日に閣議決定された「日本成長戦略」は、17の戦略分野の1番目に「AI・半導体」を置きました。この分野の投資額は2040年度までで68.0兆円、経済波及効果は443.3兆円と試算されています。一方、実際にAI投資を主導しているのは海外の企業です。Microsoft・Amazon・Alphabet・Metaの米国4社は、2026年の設備投資が合計で7,000億ドルを超える水準まで膨らみました。この海外発の投資が、台湾のTSMCの設備投資増額を経て、東京エレクトロンの受注、そしてシリコンウェハーやガラス繊維といった国内部材メーカーの工場計画にまで届く経路と、経済安全保障推進法が中堅メーカーの実務に及ぼす影響を、一次資料でたどります。
戦略17分野の1番目に置かれた「AI・半導体」——閣議決定が定めた3本柱
内閣官房の日本成長戦略本部は2026年7月21日、「日本成長戦略」を閣議決定しました。同時に決定された「戦略17分野における『主要な製品・技術等』の官民投資ロードマップ」では、17分野の1番目に「AI・半導体」が置かれ、その中に3つの「主要な製品・技術等」が定められています。①フィジカルAI(特にAIロボット)、②フィジカル・インテリジェント・システムの中核を担う半導体、③バーティカルAI(領域特化型AI)です。①はAIロボットや自動運転車など「AIが実世界で動く機械」、③は特定用途に絞ったAIモデルを指し、②が半導体そのものの設計・製造能力を扱う項目です。国内の装置・部材メーカーへの波及を追うこの記事では、②を中心に見ていきます。
「設計は米国、製造は台湾、装置と部素材は日本」という現状認識
ロードマップは②の現状をこう書いています。「かつて我が国半導体産業は世界シェアの約50%を誇ったが、日米貿易摩擦、日の丸自前主義、産業構造の転換、デジタル化低迷等を背景に凋落し、現在は10%未満」。そのうえで「半導体設計は米国、製造は台湾、製造装置は日本・米国・欧州、部素材は日本に強みが存在」と整理しています。日本が今も一定の位置を保っているのは、完成品の半導体そのものではなく、それを作るための装置と、シリコンウェハーやフォトレジストといった部素材だという認識です。この文書が「品目構成」として挙げるのは、先端・次世代のロジック半導体、メモリ半導体、そしてそれらを作る製造装置の3つが軸になります。
AI・半導体②に68.0兆円——需要から逆算して作りこむという発想
②の投資額は2040年度までで68.0兆円、経済波及効果は443.3兆円と想定されています。背景にある市場見通しも具体的です。半導体の市場規模はAIの実装拡大に伴い、2030年までに約140兆円を超え、2035年には約190兆円へ拡大する見込み。データセンターを中心とするAIインフラ市場全体では、2040年までに世界で累計約3,000兆円の投資需要が生じるとされ、AIロボット市場も2040年に約60兆円規模へ拡大するとしています。これらを踏まえ、国内で生産される半導体の売上高を2030年に15兆円、2040年に40兆円へ引き上げる目標が掲げられました。ロードマップが繰り返し使う言葉が「System to Silicon」です。ロボットや自動車などの実装先(需要側)で必要となる機能から逆算し、ロジック・メモリ・センサー・マイコン等の各種半導体を設計・製造して作りこみ、システムとして最適統合する能力を指します。
AI・半導体②の投資規模(2026年7月21日閣議決定・官民投資ロードマップ)
68.0兆円 2040年度までの投資額(経済波及効果443.3兆円)|15兆円→40兆円 国内半導体売上高目標(2030年→2040年)|190兆円 2035年の世界半導体市場規模見込み
7,200億ドル超——海外4社のAI投資はどこから始まっているか
この成長戦略が「取り込みたい」としている需要を、実際に作り出しているのは海外の企業です。Microsoft・Amazon・Alphabet・Metaの米国4社は、2026年の設備投資(capex)をそれぞれ大きく引き上げました。各社の決算での開示に基づくと、Amazonは通期約2,200億ドル(2026年7月30日発表のQ2決算)、Alphabetは1,950億〜2,050億ドル(同7月22日発表)、Metaは1,300億〜1,450億ドル(同7月29日発表)、Microsoftは会計上の分類変更を挟みつつ約1,750億〜1,900億ドル(同7月29日発表の会計年度第4四半期決算)です。4社合計はおよそ7,200億〜7,450億ドルとなり、前年の約4,100億ドルから7割以上増える計算になります。この資金の多くが、クラウド事業者が使うAIサーバー用の半導体調達に向かいます。
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TSMC、520億ドルから640億ドルへ——2026年7月16日に何を認めたか
海外のAI投資が半導体の製造投資へ転化する場面を、一次資料で確認できます。台湾のTSMCは2026年7月16日の第2四半期決算説明会で、2026年通期の設備投資計画を「520億〜560億ドル」から「600億〜640億ドル」へ引き上げました。CEOのC.C.魏(ウェイ)氏は、既存顧客とクラウド事業者の双方から需要見通しの上振れが続いていると説明し、投資額の70〜80%を先端プロセス技術に、10〜20%を先端パッケージング・検査・マスク製造に配分すると述べています。TSMCの経営陣は、この増額を一過性の特需ではなく複数年の構造的需要への対応だと位置づけました。TSMCの設備投資が膨らむということは、その先にある製造装置メーカーへの発注が増えるということです。
東京エレクトロン、2兆4,435億円——AI・HBM需要が支えた最終益
実際に発注を受ける側の代表が東京エレクトロンです。2026年4月30日発表の2026年3月期通期決算は、売上高2兆4,435億円(前年比+0.5%)、営業利益6,249億円(同▲10.4%)、純利益5,744億円(同+5.6%)でした。営業利益が減ったのは中国向けの従来型設備投資が一服したためですが、会社側はこれを「次なる成長に向けた踊り場」と位置づけています。データセンター向け生成AIサーバー需要が先端半導体製造装置の引き合いを強めており、広帯域メモリー(HBM)向けの成膜・洗浄・ボンディング装置の需要が新たな柱になりつつあります。2027年3月期上期(4〜9月)の業績予想は、2026年8月時点で売上高1兆6,200億円(同+37.3%)、営業利益4,580億円(同+51.1%)へ上方修正されました。
SEAJ、半年で1兆円の上方修正——6兆5,502億円という2026年度予測
装置業界全体の受注動向を映すのが、日本半導体製造装置協会(SEAJ)の統計です。SEAJが2026年7月に発表した最新予測では、日本製半導体製造装置の販売高は2026年度が前年度比26%増の6兆5,502億円、2027年度が同13%増の7兆4,017億円、2028年度が同5%増の7兆7,718億円となる見通しです。これは2026年1月時点の予測から1兆498億円(19%)の上方修正にあたります。SEAJはこの増額の理由を、AIサーバー向け先端ロジックへの投資と、HBMを中心としたDRAM投資の拡大だと説明しています。世界半導体市場についても、WSTSの集計をもとに2026年は前年比89.9%増の1兆5,112億ドルへ達する見込みとしており、これまで2030年頃とみられていた1兆ドル到達の時期が4年前倒しになったことになります。
| 年度 | 日本製半導体製造装置 販売高 | 前年度比 |
|---|---|---|
| 2024年度 | 4兆7,681億円 | +29.0% |
| 2025年度 | 5兆1,986億円 | +9.0% |
| 2026年度(予測) | 6兆5,502億円 | +26.0% |
| 2027年度(予測) | 7兆4,017億円 | +13.0% |
| 2028年度(予測) | 7兆7,718億円 | +5.0% |
出典:日本半導体製造装置協会「2026年7月発表 半導体・FPD製造装置需要予測」。
シリコンウェハーの二極化——SUMCO、増収でも営業損失63億円
装置の先にある部材メーカーの足元は、単純な追い風では説明できません。世界2位のシリコンウェハーメーカーであるSUMCOの2026年12月期上期(1〜6月)決算は、売上高2,150億円(前年同期比+4.7%)と増収でしたが、営業損益は63億円の損失に転じました。前年同期は74億円の営業利益だったので、増収のまま赤字に転落したことになります。会社の説明によれば、主力の300mmシリコンウェハーはAI・データセンター向けの先端ロジックとメモリー向け需要が強く出荷を牽引しました。一方で200mm以下は民生・産業・自動車向けの需要が低調で、顧客の在庫調整も続いています。加えて大型投資が稼働段階に入り、減価償却費が膨らんだことも利益を圧迫しました。AIサーバー向けの特需と、それ以外の需要の停滞が同じ決算書の中に同居しているのが、部材メーカーの現在の姿です。
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2022年12月23日、半導体が「特定重要物資」に指定された日
この裾野の受注動向に、制度としてかかわってくるのが経済安全保障推進法です。同法に基づく施行令(令和4年政令第394号)は2022年12月23日に公布・施行され、半導体素子及び集積回路を含む11の物資が最初の「特定重要物資」として指定されました。国民の生存や生活・経済活動に欠かせない物資について、供給が絶えないよう国が支援する仕組みです。半導体分野で認定の対象になるのは、従来型半導体・半導体製造装置等・半導体部素材等・半導体原料の4区分。このうち部素材等の認定基準は、経済産業省の説明によれば「原則として事業規模300億円以上」で、先端的な設備投資であることが条件です。一定の要件を満たせば300億円未満の投資でも対象になります。認定を受けた事業者は、NEDOなどの支援法人から助成金を受け取れます。
SUMCO、750億円の助成が193億円に変わった実務
この制度が中堅メーカーの経営判断にどう作用するかを、SUMCOの事例がよく示しています。同社は2023年7月14日、佐賀県伊万里市と吉野ヶ里町に総額2,250億円を投じる新工場計画について供給確保計画の認定を受け、最大750億円の助成が決まりました。当初はスマートフォンやパソコン向けのシリコンウェハーを月間10万枚規模で量産する工場という位置づけでした。ところが2026年3月27日、SUMCOはこの計画の変更認定を経済産業省から受けます。理由は需要構造の変化です。スマホ・パソコン向けの需要の伸びが鈍る一方、生成AI向けデータセンター用の先端材料の需要が急増したため、吉野ヶ里町での新工場建設を当面延期し、伊万里市など既存拠点の設備高度化に投資対象を切り替えました。事業費は580億円、助成額は193億円に縮小しています。国の指定を受けたからといって、投資計画や助成額がそのまま固定されるわけではありません。
ガラス繊維の中堅メーカーが半導体の枠で認定された日
特定重要物資の認定は、半導体メーカーや装置メーカーだけのものではありません。ここは若手が誤解しやすい点です。「半導体の特定重要物資」と聞くと、チップを作る会社だけが対象だと思われがちですが、実際にはパッケージ基板に使う繊維素材のメーカーも認定されています。1938年に世界で初めてグラスファイバーを開発した素材メーカー、日東紡績は2025年8月7日に供給確保計画の認定を受け、最大約24億円の助成が決まりました。対象は、複数のチップを高密度に接続する先端AIサーバー用半導体のパッケージ基板に使われる「Tガラスクロス」です。生成AI関連のデータセンター向け半導体の需要拡大を受けて、福島事業センター内に投資額約150億円の新工場棟を建設し、生産能力を現状の約3倍に拡大する計画で、2026年度第4四半期の生産開始を見込んでいます。同社の2025年3月期連結純利益は前期比76%増の128億円で過去最高を更新しました。
| 事業者 | 認定日 | 最大助成額 | 対象・備考 |
|---|---|---|---|
| ルネサスエレクトロニクス | 2023年4月 | 約159億円 | 半導体(従来型・製造基盤強化) |
| イビデン | 2023年4月 | 405億円 | 半導体部素材(パッケージ基板) |
| キヤノン/キヤノンセミコンダクターエクィップメント | 2023年6月 | 約111億円 | 半導体製造装置 |
| SUMCO | 2023年7月認定→2026年3月変更 | 750億円→193億円 | シリコンウェハー(新工場計画を縮小) |
| 日東紡績 | 2025年8月 | 約24億円 | 半導体部素材(パッケージ基板用ガラスクロス) |
| ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング | 2026年4月 | 約600億円 | 半導体(イメージセンサー関連) |
出典:経済産業省「半導体」(供給確保計画の認定一覧)。半導体分野の供給確保計画は2023年4月から2026年4月までに28件が認定されている。
受注は続くのか、それとも一服するのか——中堅部材メーカーが確認すべきこと
ここまでの数字が示す展開は、一本道ではありません。1つ目は、海外4社のAI投資とTSMCの設備投資増額が2027年以降も高水準を保ち、東京エレクトロンやSUMCOの300mm先端品、日東紡績のような部素材メーカーへの発注が積み上がっていく展開です。2つ目は、メモリー価格の上昇や需要の先食いが調整局面を招き、装置・部材への発注が急に鈍る展開です。日本の半導体産業はかつて世界シェア約50%から10%未満まで沈んだ経験を持ち、日米貿易摩擦のような政策要因だけでなく、需要側の変化で産業構造が変わり得ることを知っています。どちらに転んでも、経済安全保障推進法の認定を受けている企業ほど、需要変化を計画変更として国に届け出る義務的な緊張感を持つことになります。
確認1:自社の投資計画は、どの需要区分に紐づいているか
AI・データセンター向けの先端品なのか、民生・産業向けの汎用品なのかで、受注の振れ方がまったく異なります。SUMCOの決算が示す二極化は、部材メーカー各社の内部でも起きている可能性があります。
確認2:供給確保計画の認定は、変更を前提に設計されているか
SUMCOの事例が示すように、認定後の需要変化に応じて投資対象や助成額を見直す余地は制度上あります。当初計画に固執せず、見直しの選択肢を残しておくことが実務上の安全策になります。
確認3:自社の川下(納入先)はどこで、その先の需要はどこにあるか
日東紡績の事例のように、半導体メーカーでなくても、川下の需要(この場合はAIサーバー用パッケージ基板)が確認できれば認定の対象になり得ます。自社製品がどの工程の、どの需要に接続しているかを整理することが第一歩です。
読み解きのポイント ①68.0兆円はAI・半導体②単独の投資見込みで、17分野合計370兆円超の一部にすぎない ②「System to Silicon」は完成品の半導体ではなく、需要側の機能要件から逆算して設計・製造する能力を指す ③特定重要物資の認定は完成品メーカーだけでなく部素材メーカーも対象で、認定後の計画変更も制度上想定されている ④AI向け先端品と汎用品の需要は同じ会社の中でも別々に動いている
よくある質問
Q. 「AI・半導体」は成長17分野の中でどんな位置づけですか?
2026年7月21日閣議決定の「日本成長戦略」で、17の戦略分野の1番目に置かれています。分野の中には「フィジカルAI」「フィジカル・インテリジェント・システムの中核を担う半導体」「バーティカルAI」の3つの主要な製品・技術等が定められており、本稿は主に2番目(半導体そのもの)を扱っています。
Q. 68.0兆円という投資額は誰が出すのですか?
官民合計の国内投資見込みで、政府が単独で拠出する予算額ではありません。民間企業の設備投資・研究開発投資と、政府の補助金・税制優遇などの支援策を合わせた規模です。
Q. 経済安全保障推進法の「特定重要物資」に指定されると何が変わりますか?
指定そのものは物資の分類であり、企業への直接支援ではありません。企業が「供給確保計画」を作成して経済産業大臣などの認定を受けると、NEDOなどの支援法人から助成金や低利融資といった支援を受けられるようになります。
Q. 半導体メーカーではない部材メーカーも支援の対象になりますか?
なります。日東紡績のガラスクロスのように、半導体の完成品ではなく製造工程で使われる部品・素材(半導体部素材等)も対象区分に含まれています。
Q. AI投資はいつまで続くと考えればよいですか?
断定できる情報はありません。TSMCは2026年7月時点で複数年の構造的需要への対応だとしていますが、メモリー価格の変動や需要の先食いによる調整局面の可能性も指摘されています。自社の受注が先端品向けか汎用品向けかを区別して動向を追うことが実務的です。
主な出典
内閣官房「日本成長戦略」(2026年7月21日閣議決定)/内閣官房「戦略17分野における『主要な製品・技術等』の官民投資ロードマップ」(2026年7月21日 日本成長戦略本部決定)/内閣官房「日本成長戦略概要」/経済産業省「半導体」(経済安全保障推進法に基づく供給確保計画の認定一覧、認定事業者名・認定日・最大助成額を含む)/内閣府「サプライチェーン強靱化の取組(重要物資の安定的な供給の確保に関する制度)」/日本法令外国語訳データベース「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律施行令」(令和4年政令第394号)/一般社団法人日本半導体製造装置協会(SEAJ)「2026年7月発表 半導体・FPD製造装置需要予測」/台湾積体電路製造(TSMC)2026年第2四半期決算説明会(2026年7月16日、投資家向け決算資料・電話会議録)/東京エレクトロン株式会社 2026年3月期決算短信(2026年4月30日発表)/株式会社SUMCO 2026年12月期第1四半期・中間期決算短信および経済産業省・同社発表の供給確保計画変更認定に関する報道(朝日新聞ほか、2026年4月)/日東紡績株式会社プレスリリース(2025年8月29日、半導体向けガラスクロス生産設備増強)およびその報道。Microsoft・Amazon・Alphabet・Metaの2026年設備投資額は、各社が2026年4月から7月にかけて発表した決算資料に基づく複数の独立した集計記事を相互に確認して記載した。
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※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗。
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