JR東日本は2026年3月期、流通・サービス事業と不動産・ホテル事業の営業利益を合わせると1,962億円となり、本業である運輸事業の1,944億円を上回りました。「鉄道会社が沿線に不動産や商業施設を持つ」というモデルは日本の私鉄が育て、香港のMTRなど海外の鉄道会社がさらに洗練させて逆輸入するような構造でもあります。JR東日本・JR東海・東急・小田急の直近決算と、香港MTR・東急ベトナム事業という海外の実例を、一次資料の数字で並べます。
香港MTRの基礎業務利益、66%が不動産事業から生まれる
日本の私鉄が確立した「レール・プラス・プロパティ」モデルは、海外でさらに数字として際立つ形になっています。香港MTR(香港鉄路有限公司)の2025年12月期(2026年3月12日発表)の決算では、鉄道運営など通常業務からの利益(Profit from recurrent businesses)が56.53億HKD(5,653百万HKD、前期比21.6%減)にとどまったのに対し、不動産開発事業の利益(Profit from property development、税引後)は110.84億HKD(11,084百万HKD、同8.0%増)でした。両者を合計した基礎業務利益(Underlying business profit)167.37億HKDのうち、不動産開発が占める割合は66.2%(当社算出)に達します。株主帰属の純利益は146.77億HKD(14,677百万HKD)でした。
香港MTR 2025年12月期・要点数値
66.2% 基礎業務利益に占める不動産開発利益の割合(当社算出)|110.84億HKD 不動産開発利益(税引後、前期比+8.0%)|56.53億HKD 通常業務からの利益(同▲21.6%)
MTRは公式発表で、この収益構造を「レール・プラス・プロパティ・モデル」と明示し、不動産開発の利益を鉄道の建設・運営に再投資していると説明しています。日本の私鉄が沿線開発で編み出した仕組みが、海外の鉄道会社の決算構造そのものになっている一例です。
JR東日本、2026年3月期に非鉄道事業の利益が運輸を上回った
JR東日本の2026年3月期(2025年度)決算短信によると、運輸事業の売上高は前期比5.1%増の2兆458億円、営業利益は同10.4%増の1,944億円でした。一方、流通・サービス事業は売上高4,161億円(同5.7%増)・営業利益680億円(同12.5%増)、不動産・ホテル事業は売上高5,132億円(同15.2%増)・営業利益1,282億円(同6.6%増)と、いずれも運輸事業を上回る伸び率で増収増益となりました。
| セグメント(2026年3月期) | 売上高 | 営業利益 | 前期比(利益) |
|---|---|---|---|
| 運輸事業 | 2兆458億円 | 1,944億円 | +10.4% |
| 流通・サービス事業 | 4,161億円 | 680億円 | +12.5% |
| 不動産・ホテル事業 | 5,132億円 | 1,282億円 | +6.6% |
出典:東日本旅客鉄道 2026年3月期決算短信(セグメント別の状況)。流通・サービスと不動産・ホテルの営業利益を単純合算すると1,962億円(当社算出)となり、運輸事業の1,944億円を初めて上回りました。連結営業利益は前期比9.9%増の4,142億円、連結売上高は同6.8%増の3兆846億円です。
JR東海の運輸業利益7,674億円——新幹線モノカルチャー
同じ「JR」でも、JR東海の姿は対照的です。2026年3月期決算短信によると、運輸業(東海道新幹線・在来線・バス事業)の営業収益は前期比10.1%増の1兆6,539億円、営業利益は同18.1%増の7,674億円でした。流通業(ジェイアール名古屋タカシマヤ等)は営業収益1,830億円・営業利益158億円、不動産業(駅ビル等)は営業収益957億円・営業利益252億円、その他事業(ホテル・旅行業等)は営業収益2,919億円・営業利益244億円です。
| セグメント(2026年3月期) | 営業収益 | 営業利益 |
|---|---|---|
| 運輸業 | 1兆6,539億円 | 7,674億円 |
| 流通業 | 1,830億円 | 158億円 |
| 不動産業 | 957億円 | 252億円 |
| その他 | 2,919億円 | 244億円 |
流通・不動産・その他を合算しても営業利益は654億円(当社算出)で、運輸業7,674億円の1割弱にすぎません。東海道新幹線という単一の稼ぎ頭が極端に強いため、非鉄道事業を太らせる必要が薄いことを示す事例です。
東急の営業利益、交通事業はもう26%
私鉄側の姿はさらに違います。東急の2026年3月期(2025年度)決算短信によると、交通事業(鉄軌道業・バス業等)の営業収益は2,269億円(前期比2.9%増)、営業利益は273億円(同5.7%減)でした。これに対し不動産事業は営業利益435億円(同9.9%減)、生活サービス事業は218億円(同13.0%増)、ホテル・リゾート事業は97億円(同46.0%増)で、非鉄道3事業の合計利益は750億円(当社算出)に達します。連結営業利益1,031億円のうち、交通事業が占める比率は26.5%(当社算出)にとどまります。
| セグメント(2026年3月期) | 営業収益 | 営業利益 |
|---|---|---|
| 交通事業 | 2,269億円 | 273億円 |
| 不動産事業 | 2,629億円 | 435億円 |
| 生活サービス事業 | 5,332億円 | 218億円 |
| ホテル・リゾート事業 | 1,393億円 | 97億円 |
東急は同決算短信で、交通事業について「輸送人員の増加等により増収となったものの、修繕費、人件費等の増加により減益となった」と説明しています。鉄道そのものの利益を大きく増やす局面ではなく、沿線の不動産・生活サービスで稼ぐという構造を前提にした説明です。
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小田急は交通業が利益の56%を占める
小田急電鉄は東急よりも交通業の比重が残っています。2026年3月期決算短信によると、交通業のセグメント利益は295億円、不動産業は155億円、生活サービス業は77億円でした。連結営業利益527億円のうち、交通業の比率は56.1%(当社算出)です。1年前の2025年3月期は交通業265億円・不動産業159億円・生活サービス業91億円で、交通業比率は51.5%(当社算出)と、当時はほぼ五分五分でした。
| セグメント(2026年3月期) | 営業収益 | セグメント利益 |
|---|---|---|
| 交通業 | 1,813億円 | 295億円 |
| 不動産業 | 962億円 | 155億円 |
| 生活サービス業 | 1,586億円 | 77億円 |
4社の交通事業利益比率(それぞれ直近決算・当社算出)
26.5% 東急(2026年3月期)|56.1% 小田急(2026年3月期)|100.9% JR東日本=非鉄道が運輸を上回る(2026年3月期)|92.2% JR東海=運輸業が営業利益の大半(2026年3月期、当社算出)
4社を並べると、沿線開発の進み方は一様ではないことが分かります。東急のように鉄道が利益の3割に満たない会社もあれば、小田急のように交通事業がなお過半を占める会社、JR東海のように新幹線収益に集中する会社もあります。「私鉄だから沿線開発」という単純な図式では説明できません。
定期券収入は2019年3月期の85.8%にとどまる
非鉄道事業の比重が増した背景には、鉄道本体の構造変化があります。JR東日本の単体決算資料によると、2019年3月期の定期収入は5,102億円でした。これに対し2026年3月期の定期収入は4,377億円で、比率は85.8%(当社算出)です。テレワークの定着によって、通勤・通学定期という鉄道収入の土台が、コロナ前の水準まで戻っていないことを示しています。
| 2019年3月期 | 2026年3月期 | 比率(当社算出) | |
|---|---|---|---|
| 定期収入 | 5,102億円 | 4,377億円 | 85.8% |
出典:JR東日本の決算説明資料に記載された単体の鉄道運輸収入(新幹線・在来線合計)。単位は原資料どおり億円です。
定期外収入は2019年3月期の103.0%——コロナ前を超えた逆転
一方、定期外収入(通勤・通学以外の乗車券収入)は2019年3月期の13,697億円に対し、2026年3月期は14,107億円で、比率は103.0%(当社算出)とコロナ前を超えました。JR東日本自身も2026年3月期の増収要因として「鉄道利用の増加(インバウンド含む)」と「運賃改定」を挙げています。通勤の定期需要が縮み、訪日客や観光・レジャー目的の定期外利用がそれを埋めて全体を押し上げる——という構造の入れ替わりが、単年の回復ではなく数値として定着していることが読み取れます。
| 2019年3月期 | 2026年3月期 | 比率(当社算出) | |
|---|---|---|---|
| 定期外収入 | 13,697億円 | 14,107億円 | 103.0% |
2026年3月14日、JR東日本が「会社発足以来初」の運賃改定に踏み切った
この構造変化を受けて、JR東日本は2024年12月6日に国土交通大臣へ旅客運賃の上限変更認可申請を行い、認可を経て2026年3月14日に運賃改定を実施しました。消費税転嫁とバリアフリー料金加算を除けば、同社発足以来初めての運賃改定です。改定率は全体で7.1%、実際の増収率は5.0%(改定に伴う利用減を考慮した想定)で、年間820億円程度の増収効果を見込むとしています。定期旅客運賃の改定率は11.0%(増収率8.7%)、定期外運賃の改定率は7.8%(増収率5.7%)でした。
JR東日本のプレスリリースが挙げる改定理由(要旨) ①鉄道事業の収益確保が厳しさを増している ②安全のための投資や新技術の導入・車両・地上設備の更新管理に多くの費用が必要 ③激甚化する自然災害やカーボンニュートラルへの対応も求められる ④運行体制のスリム化やスマートメンテナンス等の経営努力だけでは、設備投資・修繕に必要な資金の安定確保が困難
あわせて2023年3月から導入していた「オフピーク定期券」(導入時は通常の通勤定期券より約10%割安)は、2026年3月の運賃改定後も通常の通勤定期券より約15%割安な価格を維持したうえで設定エリアを拡大し、山手線内均一定期券は廃止されました。値上げと同時に、朝の混雑を分散させる仕組みを広げる——という二本立ての対応です。
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只見線27.6kmが選んだ「上下分離」
大都市圏の対応が運賃改定なら、人口減少が進む地方路線では別の対応が取られています。JR東日本の只見線・会津川口〜只見間(27.6km)は2011年7月の新潟・福島豪雨で被災し、長期運休していました。福島県とJR東日本は2017年6月19日に「鉄道復旧に関する基本合意書及び覚書」を締結し、復旧費用(総額約81億円)の3分の2を福島県が負担、残り3分の1をJR東日本が負担しました。この工事には2018年6月成立の改正鉄道軌道整備法に基づく国の災害復旧補助制度(黒字事業者の赤字路線も対象に拡大)が適用され、上下分離方式の導入などを要件に補助率が通常の4分の1から3分の1に引き上げられています。
只見線・会津川口〜只見間の上下分離(一次資料:JR東日本・福島県 2022年5月18日発表)
27.6km 復旧区間の距離|2022年10月1日 全線運転再開|第二種鉄道事業者=JR東日本(運行)、第三種鉄道事業者=福島県(施設保有)
2022年10月1日に全線運転が再開され、JRの路線として初めて上下分離方式(公有民営)による復旧が実現しました。福島県が施設を保有してJR東日本に有償で貸与する形ですが、当該区間の収支に欠損が生じないよう使用料を減免する仕組みが取られています。国土交通省の審議会資料でも、地域鉄道の再構築における上下分離活用の一事例として位置づけられています。
ベカメックス東急、ビンズオン新都市で「沿線開発」を輸出する
沿線開発モデルは海外にも輸出されています。東急は2012年3月1日、ベトナムの大手デベロッパー・Becamex IDC Corp.と合弁でBECAMEX TOKYU CO., LTD.(ベカメックス東急)を設立しました。ホーチミン市近郊のビンズオン新都市(総面積約1,000ha)のうち約110haの街区で、「TOKYU Garden City」という都市開発プロジェクトを推進しています。総事業資金は12億米ドル、完成時には7,500戸を超える住宅と商業・サービス施設が整備される計画です。
東急の公式発表によれば、このプロジェクトは「東急多摩田園都市」の開発で蓄積したノウハウを活かし、現地の文化・慣習と融合させたまちづくりで、2012年から12年間推進されてきました。2024年11月には現地の不動産業界団体が主催する「プロパティグル・ベトナム・プロパティ・アワード」の2部門で受賞しています。日本の私鉄が国内で育てた「鉄道×沿線開発」のパッケージを、鉄道抜きで都市開発だけ輸出した例といえます。
沿線人口が減る地域で、鉄道会社は次に何をするか
ここまでの数字を並べると、鉄道会社が向かう先は一つではないことが見えてきます。大都市圏の私鉄・JR東日本は、非鉄道事業の比重を増やしながら本体の運賃も上げるという両輪の対応を取っています。新幹線に強く依存するJR東海は、鉄道収益への集中を維持しています。人口減少が先に進む地方路線では、只見線のように上下分離で自治体と費用を分け合う方式が広がっています。国土交通省の資料によれば、2023年10月の改正地域交通法施行後、上下分離を含む鉄道事業再構築実施計画の認定はすでに20件を超えており(2025年10月時点で20件、2026年1月には阿武隈急行線も追加認定)、地域鉄道の営業費のうち施設保有に関わる経費(線路・電路・車両の保存費や減価償却費)は令和元年度時点で約45%を占めるとされ、この部分を自治体側が負担する仕組みへの移行が今後も論点になります。
沿線開発モデルを見るときのチェックポイント □ その会社の「非鉄道」がどの事業(不動産・流通・生活サービスのどれか)で、比率はどの決算期の数字か □ 定期収入と定期外収入、どちらの回復(悪化)が構造的かを分けて見る □ 運賃改定は「増収率」(利用減を織り込んだ数字)で見る □ 地方路線の上下分離は、施設保有者(自治体等)と運行者(鉄道会社)のどちらが第何種鉄道事業者かを確認する
よくある質問
Q. 「私鉄は沿線開発、JRは鉄道本体」という理解でよいですか?
その理解では説明がつきません。2026年3月期のJR東日本は非鉄道事業の利益が運輸事業を上回りましたが、同じJRであるJR東海は運輸業(東海道新幹線)の利益が非鉄道事業の10倍以上あります。私鉄側でも東急と小田急では交通事業の利益比率が26.5%と56.1%(当社算出、それぞれ直近決算)で大きく異なります。会社ごと、路線構造ごとに選択が違うと見るべきです。
Q. 定期券収入がコロナ前に戻らないのは、乗客数が減っているからですか?
JR東日本の定期外収入は2019年3月期を上回っており、鉄道利用そのものが減っているわけではありません。テレワークの定着で通勤・通学という「定期」の需要構造が変わったことが主因です。
Q. 上下分離をすれば地方路線は必ず維持できますか?
上下分離は費用負担を自治体側にも分散する仕組みであり、路線の存続を保証する制度ではありません。国の災害復旧補助制度の適用にも、事業構造の変更(公有民営化等)を伴うことなど一定の条件があります。
Q. 香港MTRのモデルは日本にそのまま持ち込めますか?
MTRの不動産開発利益は、政府から低廉に用地の供与を受けられる香港特有の制度が土台にあります。日本の私鉄の沿線開発は自社で用地を取得・開発してきた経緯が異なり、制度前提が同じではありません。
主な出典
東日本旅客鉄道株式会社 2026年3月期決算短信(セグメント別の状況・旅客輸送量および鉄道運輸収入)/同社プレスリリース「運賃の改定申請の認可について~2026年3月に運賃改定を実施します~」/同社・福島県 プレスリリース「只見線全線運転再開について」(2022年5月18日)/東海旅客鉄道株式会社 2026年3月期決算短信/東急株式会社 2026年3月期・2025年3月期決算短信(セグメント情報)/東急株式会社プレスリリース「TOKYU Garden Cityプロジェクトが『プロパティグル・ベトナム・プロパティ・アワード』2部門で受賞」(2024年11月)/BECAMEX TOKYU CO., LTD.公式サイト(tokyugardencity.com)会社概要・沿革/小田急電鉄株式会社 2026年3月期・2025年3月期決算短信(セグメント情報)/MTR Corporation「Annual Results 2025 Announcement」(2026年3月12日)およびプレスリリース/参議院常任委員会調査室・大嶋満「ローカル鉄道の再構築における上下分離方式をめぐる課題」(『立法と調査』2022年12月号No.452)。百万円・百万HKD単位の原数値は本文中に億円・億HKD換算で記載し、換算根拠は台帳に記載しています。
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※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗。
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