令和8年度の国土強靱化関係予算は5兆3,510億円(うち公共事業関係費4兆1,106億円)です。内閣官房国土強靱化推進室が令和8年4月に示した対前年比はほぼ1.00倍。数字の大半は河川・道路・港湾の公共事業であり、中小製造業の受注表に自動では落ちてきません。中小が先に取る入口は、経済産業大臣認定の事業継続力強化計画(ジギョケイ)と、認定後1年以内の防災設備に対する特別償却16%です。本稿は「予算が大きい=自社の仕事」という読みを問い直し、認定・税制・訓練の順番を90日で固定します。
問いの結論(2026年8月時点)
公共事業の内数を追う前に、ジギョケイを電子申請し、発電機・止水板・蓄電池など計画に書いた設備を1年以内に入れるか、入れないかを決めてください。認定だけでは特別償却は使えません。南海トラフは2025年改定で「80%程度」単独表記ではなく、60〜90%程度以上と20〜50%の併記です。どちらもⅢランク(高い)です。
問——5兆円のどこが中小の売上になるのか
国土強靱化の関係予算は、各省の防災・減災・老朽化対策を束ねた看板です。令和8年度は5兆3,510億円、公共事業関係費がそのうち4兆1,106億円。残りの一般歳出側に、中小企業の事業継続力強化計画策定支援や、中小機構運営費交付金の内数が並びます。ゼネコンの一次下請けに入れない町工場が、この5兆円を「自社市場」と呼ぶのは早計です。取れる仕事は、①自社の操業を止めない設備、②自治体・元請けが求めるBCP証明、③防災資機材や高機能コンクリートなど「防災技術」分野の裾野、の3層です。①と②はほぼ全業種、③は製品がある会社だけです。最初の問いを「どの層か」にしないと、入札情報サイトを眺めて終わる四半期になります。高市政権の戦略17分野のうち「防災・国土強靱化」は、自動・遠隔施工、インフラ老朽化対策、災害リスク評価、防災資機材等を束ねた「防災技術」という一つの括りです。自社が防災資機材の供給者でないなら、③は今期の話ではなく、①②の認定と訓練が本丸です。
数字——令和8年度はほぼ横ばいの5兆3510億円
内閣官房の令和8年4月資料では、令和7年度当初が5兆3,451億円(公共事業関係費4兆706億円)、令和8年度が5兆3,510億円(同4兆1,106億円)。倍率は全体1.00、公共事業1.01です。伸びていない、が正確です。中小向けの行は「中小企業における事業継続力強化計画策定支援」などが交付金の内数で、単独の巨大基金ではありません。防災・安全交付金は8,529億円の内数として住宅・建築物の耐震などが並びます。ここも内数です。社内スライドに「国土強靱化市場○兆円」と書くなら、出典をこの関係予算表にし、うち公共事業4.1兆円、うち中小の直接支援は内数、と3段に分けてください。2021–2025の5か年投資フレーム(政府が約15兆円規模と説明してきたもの)と、令和8年度単年の5.35兆円は別物です。混同しないでください。
事業継続力強化計画(ジギョケイ)——令和8年6月末で10万864件、ゴールではない
事業継続力強化計画は、中小企業等経営強化法に基づき経済産業大臣が認定する、中小向けの取り組みやすいBCPです。中小企業庁の「事業継続力強化計画」地域別認定件数一覧(2026年7月17日更新)では、認定件数は令和8年6月末時点で累計10万864件(うち連携型1,939件)とされ、今後も増やすことが求められています。中小企業庁の制度ページは2026年7月17日に概要・手引き・税制資料を更新し、申請は電子申請、2回目以降は実施報告書の添付が必要、と運用が固まっています。認定の見返りは、税制、金融支援、補助金の加点、認定ロゴの使用です。紙の計画を出した瞬間に売上が増える制度ではありません。中小機構は専門家派遣による策定支援と、認定後の実効性向上(診断士訪問・訓練)を別事業として置いています。件数の多さは普及の証拠であり、訓練実施率の証拠ではありません。中小企業庁は令和7年12月25日から認定事業者の公開情報を追加し、2026年7月17日更新の地域別認定件数一覧を出しています。自県の件数が多いかどうかより、自社の主要顧客が認定を取引条件にしているかの方が、今期の優先度を決めます。
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税制——特別償却16%は認定から1年、期限は令和9年3月
中小企業防災・減災投資促進税制は、令和元年7月16日から令和9年3月31日までの間にジギョケイ(または連携型)の認定を受け、認定日から1年以内に計画記載の対象設備を取得・供用した場合、特別償却16%が使える制度です。中小企業庁は令和8年度税制改正を反映した実施要領を2026年7月17日付で出しています。令和8年4月1日以後の内容です。ポイントは三つです。認定だけでは償却できない。設備は計画に書いたものに限る。取得期限は認定から1年で、制度そのものの入口は令和9年3月末の認定まで。発電機を「いつか」買う予定で認定だけ取る会社は、1年で期限切れます。逆に、設備仕様が固まっていないのに認定を急ぐと、計画変更か税優遇の取りこぼしになります。決裁は「認定日」と「発注日」を同じ工程表に置くことです。
南海トラフ——80%単独は、2025年改定後の言い方ではない
地震調査研究推進本部の地震調査委員会は、南海トラフのM8〜M9クラスについて、2025年1月1日時点の30年以内発生確率を改定しました。すべり量依存BPTモデルでは60〜90%程度以上、発生間隔のみのBPTモデルでは20〜50%。どちらも最も高いⅢランク(26%以上)です。従来本文で強調していた「80%程度」は、時間予測モデルに基づく値でした。国や自治体が住民に示すときはⅢランクを強く推奨し、数値を出すなら高い方(60〜90%程度以上)を強調するのが望ましい、と本部は整理しています。中小のBCP担当が社内説明で「80%だから来年来る」と短期待ちすると、設備投資が先送りになります。「20〜50%もあるからまだ先」も誤りです。両方Ⅲランクであり、基準日は2025年1月1日です。社内資料は地震本部の併記に合わせ、古い単一数字を捨ててください。確率は時間とともに更新され得ると本部自身が注記しています。2026年8月時点の説明資料に2024年以前の「80%」だけが残っているなら、差し替えが先です。臨時情報(2024年8月)と長期評価の改定(2025年)も別物です。混ぜないでください。
能登のあと——本業停止は自社工場より取引先で起きる
2024年1月1日の能登半島地震は、通信・道路・港湾が同時に傷つき、遠隔地の発注者にも部品が届かない形で波及しました。消防庁の被害報は更新が続いており、本稿は死者数の速報値を固定しません。中小が学ぶべきは件数ではなく経路です。自社が無事でも、唯一のメッキ業者や物流拠点が止まれば出荷できません。ジギョケイの連携型は、このサプライチェーン前提で複数社が計画を組む枠です。単独型の認定だけを取り、主要仕入先の代替を1社も書いていない計画は、加点にはなっても操業継続にはなりません。元請けが「認定の有無」を取引条件にし始めた業界では、認定は営業書類です。中身の代替調達先リストが、次の監査で見られます。
海外——ASEANの防災案件は規格と保守が入口
戦略17分野の「防災技術」は、国内公共事業だけでなく、防災資機材や高機能コンクリートの海外展開も裾野に置いています。ASEANの防災インフラは、日本企業にとってODA・政府調達の話になりやすい一方、現地規格・価格・保守拠点が壁です。製品を持つ中小がいきなりマニラの入札に出るより、国内のジギョケイで自社の停止シナリオを言語化し、その製品が「何時間の停電を稼ぐか」を仕様書1枚にする方が早いです。海外案件は、その仕様書を英訳して代理店に渡す段階です。防災無線の国内大手(パナソニック、日本無線など)と同じ土俵でブランド勝負をしない。自社が守れる停止時間と、現地が欲しい停止時間を重ねる作業です。
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誤解——BCP文書があれば補助金が降りる、ではない
よくある誤解は三つです。①ジギョケイを出せば補助金が自動交付される。実際は加点・税制・融資の入口であり、別途の補助事業への応募が要ります。②大企業並みの数百ページBCPが必要。制度は中小向けに項目を絞った計画です。手引きは2026年7月17日更新版が現行です。③認定ロゴを使えば取引先が安心する。ロゴ使用は認定事業者の広報用で、訓練未実施なら実効性向上支援の対象です。診断士協会連合会の訪問支援は単独型認定者が対象、連携型のフォローは中小機構、と窓口が分かれています。文書の厚みより、安否確認・代替生産・資金繰りの3点が社内で一度机上訓練されているか、が次の問いです。北海道経済産業局の訓練企画シートは、その机上訓練を自前で組むための公開ツールです。
90日——認定申請と設備1点を同じ表にする
最初の30日で、中小企業庁の電子申請に必要なハザード(地震・水害・感染症)と、停止する工程を1枚にします。関東経済産業局のリスクファイナンス判断シートで、止まる日数の運転資金を概算します。次の30日で電子申請し、認定見込み日を工程表に置きます。並行して、特別償却の対象になりうる設備(非常用発電機、蓄電池、止水板、備蓄倉庫など)の見積を1点に絞ります。最後の30日で、認定通知後の発注日を1年以内に固定し、机上訓練を1回やります。宮城県のように令和8年度にBCP・ジギョケイ実践の設備補助を出す自治体もありますが、国の税制と都道府県補助は別会計です。両方取るなら、計画記載の設備名を揃えてください。揃っていないと、片方しか使えません。感染症有事を計画に入れる場合は、内閣感染症危機管理統括庁が2026年4月7日に示しているジギョケイ向け案内を、地震・水害と同じ紙の別行に書いてください。ハザードを地震だけにすると、元請けの感染症条項で再度作り直しになります。
中小が今日決める1点
今日決める1点は、「今期中にジギョケイを出すか、出さないか」です。出すなら、認定日と設備発注日を同じ紙に書いてから申請します。出さないなら、元請けが認定を求めていないか、取引条件を確認します。国土強靱化の5兆円を受注表に書くのは、そのあとです。南海トラフの確率表を社内チャットに貼るだけでも、設備の発注書を1枚切るのでもありません。切迫はⅢランク、使える税制の入口は令和9年3月、取得は認定から1年。この3つの日付が、防災を「理念」から「今期の投資」に変えます。
よくある質問
Q. 国土強靱化予算は中小にも直接降りますか?
大半は公共事業の内数です。中小が先に使うのはジギョケイ認定と特別償却、自治体の設備補助です。
Q. ジギョケイとBCPは同じですか?
ジギョケイは中小向けに項目を絞った計画で、国が認定します。大企業の詳細BCPの縮小版ではなく、認定と支援策が付く別制度です。
Q. 南海トラフはもう80%ではないのですか?
2025年改定で60〜90%程度以上と20〜50%を併記します。どちらもⅢランクです。社内資料は地震本部の併記に合わせてください。
Q. 特別償却だけ先に使えますか?
使えません。先に計画認定が必要で、認定から1年以内に計画記載の設備を入れる必要があります。
主な出典
内閣官房国土強靱化推進室「令和8年度国土強靱化関係予算」(令和8年4月)/中小企業庁「事業継続力強化計画」(制度頁・税制実施要領 2026-07-17)/中小機構 令和8年度中小企業強靱化事業説明(認定件数・令和7年10月末)/地震調査研究推進本部「南海トラフの地震活動の長期評価」第二版一部改訂(2025年1月1日時点)/内閣感染症危機管理統括庁(感染症有事とジギョケイ、2026-04-07)。
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※2026年8月時点の情報をもとに作成しています。監修:森英朗。
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