
2024年4月、介護事業所においてBCP(事業継続計画)の策定が義務化されました。BCPとは、自然災害やシステム障害、テロなどが発生した場合に、「重要業務が中断しない」あるいは「早期に復旧する」ことを実現するための計画です。
このような緊急事態が発生した場合、介護事業者だけではなく、一般企業にも大きなリスクがあります。そこで、企業の安定した経営のためには事前のBCP対策が必要です。本記事では企業がBCP対策を実施する必要性やメリット、BCP策定手順をわかりやすく解説します。
Contents
BCP対策とは
BCP対策とは、自然災害やシステム障害、テロなどの不測の事態への対策のことです。BCP対策の内容は、一般的にBCPの策定とBCPを基にした事前訓練です。
- BCP
緊急事態の損失を最小限にとどめ、中核事業の継続あるいは早期復旧のために、平常時にすべき活動や緊急時の事業継続の方法や手順を決めた計画。
- 事前訓練(BCP訓練)
緊急時の行動の把握やBCPの実効性を確認することを目的に行われる訓練。机上訓練(机の上でのシミュレーション)や総合訓練(全ての流れを実施する訓練)など、複数の訓練方法があります。
BCP対策が必要な理由

BCP対策は介護事業者だけではなく、一般企業においても重要性が増しています。この章では、企業においてBCP対策が必要な理由を解説します。
自然災害が増えている
日本においてBCP対策が注目されたきっかけは、2011年の東日本大震災の時です。多くの企業が貴重な人材や設備を失い、復旧が遅れたことで製品やサービスを提供できずに廃業や規模縮小に追い込まれたためです。
そして、日本は自然災害の発生件数が増加傾向にあります。例えば、1976年~1985年の豪雨災害の年平均回数は174回でしたが、2008年~2017年は238回と約1.4倍に増加しています。
また、自然災害の他にもSARS(重症急性呼吸器症候群)や新型コロナウイルスといった感染症の拡大、地政学的リスクなどがいつ発生するかわかりません。
このような緊急事態に備えておくために、企業においてBCP対策が必要です。
緊急時に対応を迅速化する
緊急事態が発生すると、サプライチェーンの崩壊や設備の破損などにより、事業が継続できないことがあります。このような場合、早期に復旧するには、BCP対策により備えておく必要があります。
何も対策せずに緊急事態が発生した場合と、BCP対策をした場合の復旧曲線の事態は以下のとおりです。

出典:内閣府「事業継続 初めての方へ」
上記のグラフのように、BCP対策をすることで、許容限界を下回らずに早期復旧が期待できます。
会社の事業や従業員の雇用を守る
緊急事態の発生により事業が停止する期間が長引けば企業の存続が危うくなり、企業だけではなく、従業員の雇用を確保するのも難しくなります。
実際に、2018年に発生した西日本豪雨の際、以下のようなケースが報告されています。
- 被災後、給与を支払えずに全従業員を解雇した。
- 設備が浸水し、設備を入れ替えたくても資金不足により事業継続に支障が生じた。
このような事態を防ぐためには、BCP対策が必要と言えます。
企業がBCP対策を実施するメリット
企業がBCP対策を実施するメリットは、緊急事態が発生しても早急に事業を復旧できることです。しかし、企業が得られるメリットはそれだけではありません。ここでは、早期復旧以外の3つのメリットを紹介します。
メリット① 取引先からの信頼が向上
BCP対策を実施することで、取引先からの信頼性が向上します。なぜなら、事業継続能力が高まることで、緊急時でもサプライチェーンへの影響を最小限に抑えられるからです。そのため、BCP対策を実施することで、競合企業との差別化や信頼性向上による新規顧客の獲得が期待できます。
メリット② 自社の中核事業の強みや弱みを把握できる
BCPを策定する際、企業の中核事業を絞り込んだり、重要な業務やプロセスを洗い出したりする作業が必要です。この作業をすることで、自社の中核事業の強みや弱みを把握できるのがメリットです。これにより、通常時の業務改善につながることもあります。
メリット③ 顧客離れや従業員離れのリスクを回避できる
BCP対策は、緊急時の顧客離れや従業員離れのリスク軽減に役立ちます。緊急事態においても早期に復旧することで、製品やサービスを提供できるためです。反対に事業が停止して長期間製品やサービスを提供できないと、顧客が取引先を乗り換えたり、従業員が新たな働き口を探し始めたりするでしょう。そのため、何も対策をしていないとサプライチェーンの崩壊などにより、自社の設備に問題がなくても顧客離れや従業員離れで事業が継続できない可能性があります。BCP対策はこのようなリスクを軽減できるので、企業の事業継続能力の向上に貢献します。
BCPの策定手順

実効性のあるBCP対策の構築には、BCPの策定が不可欠です。ここでは、BCPの策定手順を紹介します。
手順① 基本方針の策定
初めの手順は、BCPを策定する意味や目的などの基本方針の策定です。例えば、以下のような基本方針が考えられます。
- 企業の損失を回避する
- 従業員の雇用を守る
- 人命を守る
- 取引先への影響を最小限に抑える
- 地域経済の活力を守る
緊急事態が発生した際に、何を重要視するのかを検討することで、基本方針を明確にできるでしょう。
手順② 中核事業の検討
次に企業の中核事業を洗い出します。中核事業を特定しておくことで、緊急事態が発生しても、優先度の高い事業に限られたリソースを注入できるためです。中核事業には以下のような事業が考えられます。
- 自社の売上に占める割合が高い事業
- 重要な取引先に製品・サービスを提供する事業
- 利益を生み出しやすい事業
この手順では、会社の事業継続に最も優先度の高い事業を決めておくことがポイントです。
手順③ 想定されるリスクを検討
具体的な対策を考えるために、想定されるリスクを検討します。例えば、緊急事態には地震や洪水、干ばつ、新たな感染症の拡大などがあります。そのような緊急時はどのようなリスクがあるかを検討しましょう。例えば、大地震が発生した際には以下のようなリスクが考えられます。
- 水道やガスなどのライフラインが停止する
- 道路を通行できなくなる
- 電話やインターネットがつながらない
- 従業員が負傷する
- 設備が破損する
- パソコンが破損して、重要なデータが復旧できない
- 事業の停止により運転資金が枯渇する
このように、社会的インフラや自社のリソースへの影響を、ソフトとハードの両面から検討します。
手順④ 実現可能な事前対策を決定
次は洗い出したリスクを基に、実現可能な事前対策の決定です。例えば、資金枯渇のリスクに備えて、「金融機関との友好な関係を構築する」や「現金を準備しておく」などが考えられます。このようにそれぞれのリスクについて、事前対策を決定することで、自社の強みや弱みの把握にもつながります。また、緊急事態が発生した場合、通常と同じ方法で製品を提供できるとは限りません。予め代替方法を検討しておくことも大切です。
手順⑤ BCPを文章化
最後の手順は、検討した内容の文章化です。文章化することで、従業員がいつでも確認できる上に緊急事態でも確実に実行できます。また、この際に緊急時の体制の整備として、意思決定及び指揮命令を行う責任者を決めておくことも重要なポイントです。文章化する必要のある項目例は以下のとおりです。
- BCP表紙・目次
- BCPの基本方針
- BCPの策定・運用体制
- 従業員携帯カード
- 中核事業に係る情報
- 事業継続に係る各種資源の代替の情報
- 事前対策のための投資計画
- 避難計画シート
- 主要組織の連絡先
参考:中小企業庁「事業継続に関連する情報の整理と文書化をする」
BCPの策定が完了したら、定期的にBCP訓練を行い内容の周知や見直しを図ることが大切です。
BCP対策の事例:株式会社大川原製作所

出典:オーカワラテック株式会社
BCP対策の事例として、株式会社大川原製作所の取り組みを紹介します。株式会社大川原製作所は90年以上にわたり、食品・化学・医薬・環境などの分野に向けて、乾燥装置を提供しているメーカーです。同社の所在地は静岡県の大井川河口近くにあり、地震のリスクが懸念されていました。
そこでBCP対策として、長崎県にBCP拠点の設置を決定しました。具体的には、長崎県諫早市にオーカワラテック株式会社を設立し、高度な技術が要求される医療分野の製造装置の拠点を構築しました。主な製品は、高薬理活性医薬品や毒性の高い化学物質を取り扱う際に使用する「リジッドアイソレータ」や「フレキシブルアイソレータ」などの封じ込め装置です。
BCP拠点を新たに設置することで、事業継続能力の強化だけではなく、地元企業との協力体制の構築にもつながりました。そして、BCP拠点としてアピールすることで、長崎での知名度アップに貢献しているとのことです。
参考:経済産業省 九州経済産業局「災害リスクが少ない地域にBCPの拠点を設置」
BCP対策でリスクに備えよう
自然災害や地政学的リスクが増加している現代において、BCP対策の重要性が増しています。2024年4月から介護事業所に対しては義務化されましたが、一般企業はBCPの策定が義務化されていません。しかし、顧客からの信頼性向上や従業員の雇用を守るためにも対策が求められています。BCP対策が未実施であれば、この機会に検討してみてはいかがでしょうか。