日本の化粧品輸出額は、2021年の7,906億円をピークに、2024年は5,201億円まで3年連続で減少しました。同じ時期、韓国コスメは対米輸出額でフランスを抜いて世界トップに立っています。国内では大手も新興ブランドも新製品を出し続け、店頭は活気があり、SNSでは「J-beauty」が語られている。それでも輸出の数字は減っている。この落差は、感覚の問題ではなく産業の構造の問題です。1872年からの150年をたどると、なぜ日本の化粧品が「国内では強く、輸出では弱い」形になったのかが見えてきます。

「世界で人気」と「輸出3年連続減」は同時に成立している

まず数字を並べます。財務省貿易統計に基づく化粧品の輸出額・輸入額の推移は次のとおりです。輸出は2015年以降に急増し、2016年に初めて輸入を上回りました。ところが2022年からは3年続けて減少し、逆に輸入は伸び続けています。結果として、化粧品の貿易収支の黒字は2021年の約5,153億円から2024年には約740億円まで縮みました。「日本の化粧品は海外で売れている」という実感が生まれたのは2015〜2021年の6年間の急拡大によるもので、その拡大局面はすでに終わっています。

輸出額輸入額差引(輸出-輸入)
2014年1,523億円2,171億円▲648億円
2019年5,757億円2,825億円+2,932億円
2021年(ピーク)7,906億円2,753億円+5,153億円
2022年7,544億円3,318億円+4,226億円
2023年6,083億円3,771億円+2,312億円
2024年5,201億円4,461億円+740億円

出典:財務省貿易統計(化粧品/2014〜2024年)。差引は輸出額から輸入額を引いた当社算出です。

1872年の洋風調剤薬局から始まった、内需の150年

日本の化粧品産業は、1872年に資生堂が日本初の洋風調剤薬局として創業したところから始まります。1887年には長瀬富郎が長瀬商店(後の花王)を設立し、輸入品より安価で質の良い国産石鹸の開発に着手しました。1946年には小林合名会社(現・コーセーホールディングス)が設立され、戦後の大手3社体制の土台ができます。この150年のあいだ、日本の化粧品はほぼ一貫して国内市場に向けて作られてきました。人口が増え、所得が上がり、百貨店・チェーンストア・訪問販売という強い流通網が育った国内市場は、それ自体が十分に大きかったからです。海外展開は「余力でやること」であり、産業の設計思想の中心ではありませんでした。

2001年4月、全成分表示が義務になった日

この産業を長く規定してきたのは、薬事法(現・薬機法)に基づく規制でした。かつては、アレルギー等のリスクがある「指定成分」約100種類だけを表示する制度で、それ以外の成分に表示義務はありませんでした。2001年4月の薬事法改正で、この仕組みが根本から変わります。

変わったこと①:すべての成分を表示する義務

含まれる成分をすべて表示する「全成分表示」が義務化されました。消費者は成分を自分で確認できるようになり、同時にメーカーは「表示したうえで安全性を自ら説明する」責任を負うことになりました。

変わったこと②:事前規制から自己責任へ

事前承認的な規制の一部が緩和され、行政が入口で絞る仕組みから、企業が責任を持って市場に出す仕組みへと重心が移りました。参入のハードルが下がった一方で、問題が起きたときの説明責任は企業側に移ったということです。

規制緩和が生んだのは「安心」ではなく「多様化」だった

2001年の改正がもたらした最大の変化は、消費者の安心感よりもプレイヤーの多様化でした。自社工場を持たない企業でも、OEM・ODM(他社ブランドの製品を受託開発・製造する仕組み)を使えば商品を出せる。この構造の上に、2010年代以降のインディーズブランド、D2Cブランド、サロン発ブランドが次々に生まれました。ここは若手が誤解しやすい点です。「J-beautyは伝統と品質の蓄積で自然に強くなった」と語られがちですが、実際には長らく「規制で守られた内需産業」として発展し、2001年の規制緩和以降にようやく多品種・多価格帯の産業構造へ転換しました。伝統だけでなく、制度変更がブランドの多様化を生んだ——この因果を押さえておかないと、「良いものを作れば海外でも売れるはずだ」という前提から抜け出せません。

2021年、7,906億円というピークの正体

2015年から2021年にかけての輸出急増には、はっきりした背景がありました。①アジア新興国の所得向上による購買力の上昇、②日本企業による海外需要取り込み策の強化、③訪日観光客が帰国後にリピート購入する需要の増加です。とくに③は重要で、インバウンドで日本製品を知った消費者が、帰国後に現地の越境ECや店舗で買う——という流れが輸出額を押し上げました。ただしこの成長は、地域的にはきわめて偏っていました。2020年以降、化粧品総輸出額の約半分が中国向けです。つまり2021年のピークは「世界で売れた結果」ではなく、ひとつの市場で売れた結果でした。

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中国向け2,402億円——10年で10倍にした市場が縮んだ

2024年の主要10カ国・地域向け輸出額は合計4,525億円(前年比82.6%)。国別では中国が約2,402億円(前年比80.1%)で最大ですが、前年から2割減っています。香港も約659億円(同76.9%)と大きく落ちました。一方で台湾・タイ・ベトナムは伸びています。2014年から2024年の10年間で中国向けの伸長率は1,073.6%に達しており、この市場が輸出全体を持ち上げ、そして下げたことが数字から読み取れます。

2024年の輸出先金額前年比
中国約2,402億円80.1%
香港約659億円76.9%
シンガポール約558億円81.5%
台湾約349億円102.0%
韓国約234億円70.6%
タイ約120億円133.4%
ベトナム約101億円106.8%

出典:財務省貿易統計(2024年・アジア主要10カ国地域)。原統計の単位は百万円(例:中国240,221百万円)で、本表は億円に換算しています。

化粧品輸出・要点数値(2024年・財務省貿易統計)
5,201億円 輸出総額(前年比85.5%・3年連続減、2021年比▲34%)|2,402億円 対中輸出額(同80.1%・総額の約46%)|327億円 対米輸出額(8位・韓国の約8分の1)

縮小は3つ同時に起きた

中国・香港向けの落ち込みは、単一の原因では説明できません。業界の統計解説では、次の3つが同時に起きたと整理されています。第一に、原発処理水の放出をめぐる報道により、現地で日本製品のイメージが悪化したこと。第二に、中国のローカルブランド(国産化粧品)が品質と価格の両面で台頭したこと。第三に、韓国ブランドが中国市場でのプレゼンスを拡大し、競争が激化したことです。ここで見落とされがちなのは、3つのうち2つは日本側の努力で消えない要因だという点です。報道による感情の変化と、現地企業の実力向上は、マーケティング予算では反転しません。だからこそ、次の議論は「どうやって中国で取り戻すか」ではなく「どこに分散するか」になります。

対米市場の逆転劇——韓国2,461億円、日本327億円

より構造的な差が出ているのは米国市場です。2024年の対米化粧品輸出額は、韓国が約2,461億円で1位となり、長年トップだったフランス(約1,827億円)を上回りました。日本は約327億円で8位。韓国の約8分の1です。韓国の対米輸出は、2016年の458億円から2017年に723億円へ急伸し、2021〜22年に約1,157億円、コロナ収束後の2023年には約1,736億円へと跳ね、2024年に首位へ到達しています。急に起きたことではなく、2度の跳ね上がりを経た約10年の積み上げです。

韓国が売ったのは「品質」ではなく「中価格帯×SNS」だった

この差を「品質で負けた」と読むのは実態に合いません。より説明力があるのは、売った価格帯と売り方の違いです。韓国ではアモーレパシフィックやLG生活健康といった大手が、BBクリーム・クッションファンデのような機能がひと言で伝わる中価格帯の商品を軸に、2010年代からSNSマーケティングへ集中的に投資してきました。対して日本の大手(資生堂・花王・コーセー)は、高価格帯(プレステージ)と国内市場に経営資源が相対的に厚く配分されてきました。どちらが正しい戦略かという話ではなく、中価格帯のグローバルSNS競争という土俵に、日本勢は本格参戦が遅れたという理解が近いでしょう。なお、この因果は業界内で広く共有される見方であり、投資配分を厳密に比較した定量分析ではありません。

輸入側でも起きている——2022年以降、最大の輸入相手は韓国

ここまでは輸出の話ですが、輸入側も同時に動いています。日本の化粧品輸入額は2024年に4,461億円まで拡大し、2022年以降は韓国が最大の輸入相手国になりました。かつてはフランス・米国が上位を占めていた構図が変わったということです。つまり日本市場は、韓国コスメにとって重要な輸出先のひとつになっています。「輸出が弱い」ことと「自国市場が奪われつつある」ことは別の問題ですが、原因は同じところにあります。中価格帯で、機能が分かりやすく、SNSで語られやすい商品が強い——という現在の競争条件です。

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「国内は世界4位」は本当だが、輸出の弱さとは別の話

国内の化粧品出荷額(生産)は2023年時点で約1.3兆円あり、約70兆円規模とされる世界市場の中で、日本は米国・中国・ブラジルに次ぐ第4位の市場規模を持ちます。この事実は、輸出が弱いことと矛盾しません。国内市場が大きいからこそ、国内で十分に成立し、輸出を主戦場にしなくてもよかった——というのがここまで見てきた150年の帰結です。

この数字を読むときの3つの注意 ①「国内市場が大きい」と「輸出が強い」は別の指標。混同しない ②インバウンド消費は輸出額に含まれない(統計上は国内需要側)。免税店で売れても輸出統計は動かない ③貿易統計には確報・確々報があり、直近年の数値は後から修正されることがある(本稿の2024年は確報ベース)

大手はどう是正しようとしているか

この構造は、大手自身が課題として認識しています。資生堂は2025年度について「中国・トラベルリテールへの過度な依存の是正」と「地域分散型の収益モデルへの転換」を完了したと総括しました。企業自身の言葉であり評価は主観を含みますが、少なくとも問題の所在が「中国依存」であると当事者が明言している点は重要です。是正の方向は、①地域の分散、②価格帯の見直し、③デジタル起点の需要獲得に整理できます。ここから逆算すると、中堅・中小が同じ土俵で戦う必要はないことも見えてきます。

いま中小・新興ブランドが入れる場所はどこか

数字が示している空きは明確です。中国・香港が縮み、米国では韓国勢が寡占しつつある一方で、台湾(前年比102.0%)・タイ(同133.4%)・ベトナム(同106.8%)は伸びています。金額規模は中国の10分の1以下ですが、大手が本格投資を集中させていない市場でもあります。

ステップ1:売れる形を1つに絞る

中価格帯で機能がひと言で伝わる商品が強いという条件は、米国でも東南アジアでも共通しています。多品種で挑むより、1品を「何のための商品か」で言い切れる形に整えるほうが実務的です。

ステップ2:現地の化粧品規制を先に読む

化粧品は国ごとに成分規制・表示規制・登録手続が異なります。商流を探す前に規制を確認する順番にしないと、商談が進んだ段階で作り直しになります。

ステップ3:少量ロットで卸せる相手を探す

2001年の規制緩和以降に広がったOEM・ODM網は、自社工場を持たない企業が小さく試すための実務的な入り口になります。最初から大量ロットの契約を目指さないことが、撤退可能性を残す設計につながります。

この先を決めるのは、中価格帯で世界に出す企業が増えるかどうか

分岐A:地域分散と東南アジアシフトが進む。資生堂が総括したような依存是正が業界全体に広がり、伸びている台湾・タイ・ベトナムなどへの投資が本格化する展開です。中国市場の縮小をすぐには埋められないため輸出総額は当面伸び悩みますが、単一市場のリスクに振られにくい構造へ変わります。

分岐B:中国依存から抜けられず縮小が続く。中国・香港向けの縮小が続く一方、米国では韓国勢との差が開き、東南アジアでの拡大も遅れる展開です。国内市場も人口減少で緩やかに縮むため、産業全体の縮小が進みます。どちらに向かうかを決めるのは、大手の投資判断だけではありません。中価格帯で世界に出す企業が、日本にどれだけ増えるかが実質的な分岐点になります。

よくある質問

Q. J-beautyは本当に人気が落ちているのですか?

「人気」ではなく「輸出額」が落ちています。SNS上の話題性やインバウンド購買と、財務省貿易統計に基づく輸出額は別の指標です。話題になっていても輸出額の増加に直結していない、というのが2022年以降の実態です。

Q. 韓国コスメに負けている理由は品質ですか?

品質の優劣という論点ではありません。中価格帯でのグローバルSNSマーケティングの投資規模とタイミング(韓国は2017年・2023年の2度で急伸)の差が、輸出額の差として表れているという整理がより実態に近いです。

Q. インバウンド需要は輸出額に含まれますか?

含まれません。インバウンドは訪日外国人が国内で購入する消費であり、統計上は国内需要(出荷額)側に分類されます。輸出額は海外へ発送される貨物の統計です。

Q. 中小の化粧品メーカーでも輸出はできますか?

2001年の規制緩和以降、OEM・ODMを使えば自社工場を持たずに製造・輸出へ参入する道があります。台湾・タイ・ベトナムなど伸長率の高い市場は、大手による寡占が米中市場ほど進んでいない領域です。

Q. 中国市場はもう狙わないほうがよいのですか?

規模で見れば依然として最大の輸出先(2024年約2,402億円・総額の約46%)であり、撤退が正解という話ではありません。論点は「単一市場への依存度をどこまで許容するか」です。

Q. 成長17分野との関係はありますか?

化粧品自体は17分野に直接含まれていませんが、⑪創薬・先端医療の皮膚科学・基礎化学の知見や、⑯フードテック分野の機能性成分との掛け算などで隣接領域に接点があります。

主な出典

財務省貿易統計(品別国別表・輸出/2014〜2024年確報。2024年の国別金額は原単位=百万円を億円換算)/経済産業省「化粧品産業を取り巻く現状」(生産動態統計・貿易統計に基づく審議会資料)/日本化粧品工業会「化粧品の輸出入」(輸出入額および主な輸出先・輸入先の推移)/矢野経済研究所「化粧品市場に関する調査(2025年)」プレスリリース(2024年輸出総額5,201億円・前年比85.5%)/cosmetic-science.net掲載の貿易統計集計資料(2025年6月・国別内訳と伸長率、輸出減の背景整理)/資生堂「歴史」(創業1872年)/花王「花王グループの歴史」(1887年 長瀬商店設立)/コーセーホールディングス「沿革」(1946年設立)/business.cosme.net「韓国コスメがフランスを抜いて対米輸出額のトップに」(2025年7月・米国国際貿易委員会資料の引用報道)/国際商業オンライン「化粧品・日用品メーカー10社 2025年12月期決算分析」(2026年3月)。輸出額は確報から確定値への修正が生じる場合があります。

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