
企業にとって特許権や商標権などの知的財産権は、収益の確保や競争力を強化するための重要な資産です。しかし、多くの企業が様々な知的財産権を取得しているため、一つの製品を作るのに他社の特許を使用せざるを得ないケースもよくあります。
そこで、コストの削減や特許侵害のリスクを回避するために用いられる知的財産戦略がクロスライセンス契約です。
実際にシャープ株式会社は、2025年1月10日にSamsung(サムスン)と5G規格必須特許を含むクロスライセンス契約を締結しました。2024年にもXiaomi(シャオミ)とクロスライセンス契約を締結しており、知的財産戦略の一つとして用いています。
本記事では新規事業のヒントを探しているビジネスパーソンに向けて、クロスライセンスの意味やメリット・デメリット、事例を紹介します。
参考:シャープ株式会社「Samsungと5G規格必須特許を含むクロスライセンス契約を締結」
参考:シャープ株式会社「Xiaomiと無線通信技術に関する特許クロスライセンス契約を締結」
Contents
クロスライセンスとは
クロスライセンスとは、複数の企業が互いに自社の持つ知的財産権の行使を許諾することです。一般的に他社の知的財産権を行使する場合は、ライセンス料を支払う必要がありますが、クロスライセンスの場合は無料もしくは低額で利用できます。
なお、知的財産権とは知的創造活動によって創出されたアイデアや創作物のことです。具体的には、特許権・実用新案権・育成者権・著作権・商標権などを指します。
クロスライセンス契約を締結するメリット

クロスライセンス契約を締結することで、企業が得られるメリットは以下の3つです。
- コストを削減できる
- 特許侵害訴訟のリスクを回避できる
- 競争力を強化できる
これらのメリットについて解説します。
コストを削減できる
クロスライセンス契約を締結すると、他社の技術を無料、あるいは低コストで利用できます。他社の技術を利用する際に、通常発生するライセンス料を抑制できるため、コストの削減につながるからです。また、同様の技術を他社の特許を侵害しないように開発するには、多額の開発費用が発生します。クロスライセンス契約により、このような開発の必要性をなくすことで、開発費用の削減につながります。創薬会社を例に挙げると、クロスライセンス契約を締結した他社と研究技術やデータを相互利用することで、医薬品の研究開発費用を抑えつつ開発期間の短縮が可能です。
特許侵害訴訟のリスクを回避できる
特許侵害訴訟は企業にとって大きな負担です。特許侵害を理由に訴えられると、裁判費用や和解金、あるいは損害賠償金など多額の費用が発生するからです。クロスライセンスの締結は、互いの特許を利用できるため、そのような特許侵害訴訟のリスクを回避できます。例えば、冒頭に紹介したシャープ株式会社とXiaomiのクロスライセンス契約の締結により、シャープ株式会社が中国でXiaomiに対して起こしていた訴訟を取り下げています。
競争力を強化できる
企業間で技術を共有することで、より高品質な製品やサービスを生み出し、市場での競争力を強化できます。
例えば、豊田合成株式会社は高性能なLEDの開発を加速させることを目的に、シチズン電子株式会社とLED技術に関するクロスライセンス契約を2019年に締結しました。その結果、同社は2024年にUV-C(深紫外線)LEDにおいて、世界トップクラスの光出力の実現に成功しました。
このように、クロスライセンス契約は新たなイノベーションを創出し、競争力の強化が期待できます。
参考:豊田合成株式会社「シチズン電子とLED関連特許に関するクロスライセンス契約を締結」
参考:豊田合成株式会社「世界トップクラスの光出力を実現したUV-C LEDを開発」
クロスライセンス契約を締結するデメリット

クロスライセンス契約は企業にとってメリットがある一方、デメリットもあるので締結する際は慎重に検討する必要があります。具体的なデメリットは以下の3つです。
- 競争優位性が低下する恐れがある
- パートナー企業への依存度が増える
- 独占禁止法に抵触するリスクがある
これらのデメリットについて解説します。
競争優位性が低下する恐れがある
クロスライセンス契約を結ぶと、他社が自社の独自技術を利用できるようになります。その結果、その技術を活用した製品が市場に広く普及し、自社の競争優位性が低下する恐れがあります。
これにより、自社のブランド価値や競争力が弱まり、長期間にわたり収益に悪影響を及ぼすかもしれません。さらに、契約を結んだパートナー企業にシェアを奪われる可能性もあります。
このような事態を防ぐためには、ライセンスを許諾する知的財産権の範囲や契約期間、さらには製品の販売地域などの条件を慎重に設定することが重要です。
パートナー企業への依存度が増える
クロスライセンス契約を結ぶことで、パートナー企業の技術を自由に活用できます。 しかし、その技術が事業の中核を担うようになると、パートナー企業への依存度が増え、経営判断にも影響を及ぼしかねません。
実際に、半導体メーカーのIntelは経営不振により買収を噂されていますが、AMDとのクロスライセンス契約が売却を阻む可能性が指摘されています。Intelが事業を売却するとAMDとのクロスライセンス契約が終了し、主要製品を製造できなくなるからです。
参考:GIGAZINE「Intelの身売りはAMDとの「クロスライセンス契約」により阻止される可能性が高いとの指摘」
独占禁止法に抵触するリスクがある
クロスライセンス契約は、相互に競争力を高める可能性があるものの、運用方法によっては独占禁止法に抵触するリスクがあります。
公正取引委員会の「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」では、関連企業の合算した市場シェアが高い場合、当該製品の対価(販売価格)、数量、供給先を協同で取り決める行為や他の事業者へライセンス供与を行わない取り決めは、不当な取引制限に該当するとして指摘しています。
クロスライセンスの成功事例
クロスライセンスの成功事例として、代表的な企業はアメリカのマイクロソフトです。マイクロソフトは、WindowsやMicrosoft Officeなどを展開する世界有数のソフトウェア企業です。
マイクロソフトは、積極的にクロスライセンス契約を結んでいることで知られています。クロスライセンス契約を結んでいる企業例は以下のとおりです。
- 2010年:デンソーと締結
- 2011年:カシオと締結
- 2011年:サムスン電子と締結
- 2014年:キヤノンと締結
- 2015年:京セラと締結
- 2016年:楽天と締結
このように複数の企業と締結を結ぶことで、他社の特許侵害による訴訟リスクを減らしています。さらに、京セラとの係争中の特許侵害訴訟が終結するといった効果もありました。
クロスライセンスで競争力を強化しよう
クロスライセンスは企業が互いの特許の行使を許諾することで、コストや訴訟リスクの削減、競争力の強化を実現する知的財産戦略です。また、他社の技術を低コストで利用することで、開発期間の短縮にもつながります。その結果、事業の成長スピードを加速させることが期待できます。この機会にクロスライセンスを活用できないか検討してみてはいかがでしょうか。