
行政の政策立案において、EBPMというキーワードが注目されています。しかし、まだまだ馴染みの少ないキーワードのため、ビジネスパーソンの中には「どのような意味?」という方も多くいるでしょう。そこで、本記事ではビジネスパーソンに向けて、EBPMの定義や自治体の事例をわかりやすく解説します。
Contents
EBPMとは?

EBPMとは、「Evidence・Based・Policy・Making(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング)」の略で、日本語に訳すと合理的根拠を基にした政策立案のことです。2018年に政府が発表した「内閣府本府EBPM取組方針」では、以下のように定義されました。
「政策の企画立案をその場限りのエピソードに頼るのではなく、政策目的を明確化したうえで政策効果の測定に重要な関連を持つ情報やデータ(エビデンス)に基づくもの」
EBPMの考え方は、国だけではなく自治体にも広がっており、政策立案における重要度が高まっています。
エピソード・ベースとの違い
エピソード・ベースとは、従来の経験(エピソード)やたまたま見聞きした情報に基づいた政策立案です。この手法では、根拠や分析が不十分であることから、エビデンス・ベース(EBPM)に注目が集まっています。
内閣府がEBPMを推進する背景
内閣府は2020年に「内閣府本府合理的根拠政策立案(EBPM)推進チーム」を立ち上げて、事業のフォローアップや優良改善事例の選定などの取組を行っています。このように内閣府がEBPMを推進する背景は、主に以下の3つです。
- 国民の考えや意見を政策立案に反映する
- ICT技術の普及
- 資源の有効活用
3つの背景について解説します。
国民の考えや意見を政策立案に反映する
内閣府が2021年に実施した「社会意識に関する世論調査」において、「国の政策への民意の反映度」のアンケートが行われました。アンケートを集計した結果、「かなり反映されている」や「ある程度反映されている」といった肯定的な意見が全体の31.8%で、「あまり反映されていない」や「ほとんど反映されていない」と答えたのは66.9%でした。この結果から、政府の政策に対して、国民の評価は高いと言えない状態です。そこで、国民から評価される政策を実施するためにEBPMを推進しています。
参考:内閣府「社会意識に関する世論調査(令和3年12月調査)」
ICT技術の普及
近年はICTやAIなどの技術発展が著しく、それらの技術を活用することでビッグデータの分析が容易にできます。これにより、これまでは分析が難しかったデータも指標として活用できるようになりました。根拠や政策の効果を定量的に示しやすくなったことで、EBPMが推進されています。
資源の有効活用
日本では少子高齢化や人口減少が進んでおり、人手不足が深刻化しています。そのような中、国や自治体においてもヒト・モノ・カネなどの資源に限りがある状態です。そのため、政府はEBPMを推進することで、資源を有効活用した効果的な政策の立案を目指しています。
EBPMのロジックモデル
EBPMについて深く理解するには、ロジックモデルを把握することが大切です。ロジックモデルとは、解決すべき社会課題に対して現状分析からインパクトまでの経路を図示化したものです。ここでは、ロジックモデルの主な流れを紹介します。

出典:文部科学省 大臣官房政策課 政策推進室「「ロジックモデル」作成マニュアル」
1. 現状分析・課題
現状を分析して解決したい社会課題。
2. インプット(予算)
人員や予算など、政策の実現に必要なリソース。
3. アクティビティ(事業概要)
政策手段による事業活動のことで、具体的に実施する内容。
4. アウトプット(事業の実績)
政策手段によって生み出されるモノやサービスの目標や実績。
5. アウトカム(成果)
政策実施による成果のことで、初期・中期・長期アウトカムで分類。
5-1. 初期アウトカム
アウトプットにより直接影響を受ける変化。(目安は1年以内に発現するかどうか)
5-2. 中期アウトカム
中期的な事業実施により期待される変化。
5-3. 長期アウトカム
長期的な事業の実施により期待される変化。
6. インパクト(最終目標・社会的影響)
最終的に目指すべき目標や政策実施の社会的な影響
ロジックモデルの例として、高校向けに留学啓発の事例集を配布する事業のイメージを紹介します。

出典:文部科学省 大臣官房政策課 政策推進室「「ロジックモデル」作成マニュアル」
このようにロジックモデルでは、現状の課題や問題から最終的な目標であるインパクトまでを具体的に設定します。適切に効果を検証するために、データの取得方法や指標を設定することがポイントです。そして政策を実施する際は、PDCAサイクルを回して環境の変化に対応することが重要とされています。
EBPMの取組事例
日本では、2006年に統計制度改革検討委員会で「証拠に基づく政策立案」の重要性が指摘され、2017年に「経済財政運営と改革の基本方針」でEBPMの推進が決定されました。それ以降、多くの省庁や自治体が医療や産業、教育、防犯、まちづくりなどの様々な分野でEBPMを活用しています。ここでは、EBPMの取組事例を紹介します。
事例① 埼玉県さいたま市
埼玉県さいたま市は、「EBPMによる行政の効率化・高度化」や「多様な主体との連携によって民間のデジタル・ビジネスなどの新たな価値創出」を目的として、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進している自治体です。※DXとは、デジタル技術を活用して、これまでのビジネスモデルや人々の生活を変容することです。
そのため、さいたま市では複数の事業にEBPMを活用しています。その一例は、「いじめ・不登校対策相談事業」です。
本事業では、インパクトを「すべての児童生徒が悩みを一人で抱え込むことなく、安心で安全な学校生活を送ることができる教育環境の実現」と設定しています。その達成に向けて、いじめや不登校に関する相談件数や解消件数などの指標を基に、相談員などの専門職の整備を進めています。
「いじめ・不登校対策相談事業」のロジックモデルは以下のとおりです。

出典:埼玉県「事業レビューシート(EBPM調書)」
この取組により、2020年のさいたま市のいじめ・不登校解消件数は94,845件で、2018年の80,362件と比較して14,483件増加しました。率にして18%の増加となり、一定の成果を上げていることが伺えます。さいたま市では、本事業の他にも「外国人観光客に向けた滞在強化事業」や「民間事業者と連携した高齢者生活支援事業」など、民間企業と連携したEBPMの取組も行っています。
事例② 神奈川県葉山町
神奈川県葉山町では、町内の資源集積所においてごみが収集されずに残ることが頻発していました。そこで、「葉山町きれいな資源ステーション協働プロジェクト」をスタートします。
本事業のインパクトは「みんなが気持ちよく利用できる資源ステーション」です。インパクトの達成に向けて、まずは現地調査(モニタリング)を実施しました。現地調査の結果、収集されずにごみが1回も残らなかった資源集積所が30カ所あった一方で、2回に1回以上の割合で発生している場所があることも確認できました。
その結果を基に、対策を話し合うワークショップを開催したところ、「分別の間違いやすいごみを周知するチラシのポスティング」や、収集後のごみ出し予防策として「収集終了を知らせる看板の設置」の2つが対策案に決定します。実際に2つの対策を実施したところ、チラシの効果で分別の間違いを7割~8割削減し、収集終了を知らせる看板の設置でごみが残るのを15%削減できたとのことです。
このように、葉山町ではEBPMで成果を上げています。この取組は2019年の「第4回 地方公共団体における統計利活用表彰 総務大臣賞」を受賞しています。
EBPMは民間企業の新たなビジネスチャンス
EBPMは証拠に基づいた政策立案のことで、政府の推進により取組を実施する省庁や自治体が増加しています。EBPMを実施するには、民間企業のデータや技術を必要とするケースも多くあります。そのため、EBPMは行政改革だけではなく、民間企業にも新しいビジネスチャンスが生まれる機会と言えるでしょう。