消費の形は、二種類に分けて考えることができます。モノ消費とコト消費です。それぞれの特徴を理解しておくことで、消費者の消費行動について考えやすくなります。
モノ消費の定義とコト消費の定義
商品やサービスは、主に二種類の価値に分けられます。所有の価値と経験の価値です。例えば、部屋に飾るための絵画を買う場合は所有の価値が、有名な社長の講演会チケットを購入する場合は経験の価値があります。このように、消費行動のメリットは、所有と経験の二つの枠で考えることができます。
モノ消費とコト消費は、この二つの価値の枠組みから定義することができます。すなわち、モノ消費とは所有に付属する価値、コト消費とは経験や体験に付属する価値が求められた消費行動のことです。具体的には、上記の絵画の購入は所有を目的としているモノ消費であり、講演会チケットの購入は体験を目的とするコト消費です。モノ消費とは商品そのものに価値を感じて起こる消費であり、コト消費とは所有で得ることができない価値ということです。
では、モノ消費/コト消費の大きな違いとは何でしょうか。それは、形に残るか残らないかです。上記の例だと、絵画は鑑賞のための形として手元に残りますが、講演会のスピーチは形には残りません。所有により購入品が残る有形的なモノ消費と、体験により記憶の中に残る無形的なコト消費ということです。このように、モノ消費/コト消費の違いとして、有形か無形かは大きいのです。
国内がコト消費に移行していると言われる背景
日本で、モノ消費からコト消費へ移行する流れが強まっています。その背景には、時代の移り行きが関わっています。具体的に挙げると、理由のひとつに、生活に必要なものがほとんど行き渡ったことがあります。ふたつめに、インターネットショッピングの登場があります。三つ目に、ミレニアム世代が台頭したことがあります。これらの大きな変化が日本国内の消費の在り方に加わったことで、従来多くされていたモノ消費からコト消費へと移り変わっているのです。
①生活に必要なものがほとんど行き渡った
これは、日本国内のマーケットが成熟することで、国民は生活必需品の入手にさほど困難を伴わなくなったからです。例えば、夕食を食べたいときには低価格のファミリーレストランやファストフード店が近所に点在しており、ペンを失くしたときには近くのコンビニエンスストアで安価に購入できます。それらの店がなかったときのように、口と財布に合った飲食店を探し回ったり、文房具屋まで訪れる必要はなくなりました。このように、マーケットの成熟により、生活に必要なものは誰でも便利で安価に手に入れられるようになりました。
②インターネットショッピングの登場
これにより、地域ごとのモノ入手難易度の差がほとんどなくなりました。例えば、長崎に居ながらにして東京で作られた商品を届けてもらうことが可能になり、反対に東京から長崎の名産を消費することも可能になりました。このように、インターネットショッピングの登場によって、欲しいものをより便利で簡単に入手することが全国的に可能になりました。
③ミレニアル世代が台頭した
ミレニアル世代とは、西暦2000年以降に成人を迎えた人々の通称で、2020年現在だと20歳から40歳ほどの世代を指します。具体的な特徴としては、これらの年代は消費行動が非常に強く、生まれながらにデジタル機器やインターネットに精通しています。また、SNSの影響により、コミュニケーションの共感性を重視します。このように、変化的な特徴を持つミレニアル世代により、消費行動の形も変化することになりました。
以上、生活に必要なものがほとんど行き渡ったこと、インターネットショッピングの登場、ミレニアム世代が台頭したことが、日本においてモノ消費からコト消費へ移行する流れが強まっている大きな背景です。
本当にコト消費に移行しているのか?
日本国内では、具体的にどのようなコト消費への移行が見られるでしょうか。東京ディズニーリゾート・観光庁・蔦屋書店の三つの事例を挙げて考えていきます。
①東京ディズニーリゾートの例
東京ディズニーリゾートは、体験型の大型施設であり、コト消費の部類に入ります。その入園者数が増加していることから、国内のコト消費への移行を見て取ることができます。具体的には、1983年の9,933,000人から右肩上がりに増加し、2019年にはその約3倍の29,008,000人になっています(OLC GROUP、「入園者数データ」、http://www.olc.co.jp/ja/tdr/guest.html)。代表的なコト消費型ビジネスの需要が増えていることから、日本におけるコト消費への移行が確認できます。
②観光庁の例
観光庁では、訪日外国人(インバウンド)のコト消費に対して力を入れています。例えば、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)技術の活用によって、歴史理解などの体験の枠を増やすことを行っています(国土交通省・観光庁、「最先端観光コンテンツ インキュベーター事業」、https://www.mlit.go.jp/kankocho/page05_000119.html)。このように、観光庁では体験型コンテンツの拡充によってコト消費への移行が進められています。
③蔦屋書店の例
蔦屋書店では、モノである本を売るのみでなく、コトとして体験的に消費できる形態へと進められています。例えば、店内で本の著者のサイン会やトークショーを開催することや、読書場所としてカフェを併設したりなどです。モノ消費からコト消費としての移行により、需要を獲得することに成功しています。
以上、東京ディズニーリゾートの入園者の増加からコト消費への移行が証明されており、観光庁・蔦屋書店はモノ消費からコト消費への移行としてビジネスの形を変えることで新たな需要に対応しています。このように、日本国内でのコト消費の移行を確認することができます。
コト消費に軸足をおいたマーケティングの危険性
上述のようにモノ消費からコト消費へと移行が始まっていますが、コト消費ばかりに注目してマーケティングを進めてしまうことは危険です。なぜなら、何によって売り上げを出すかを考える必要があるからです。例えば、蔦屋書店において入場無料のサイン会が盛況となったとしても、本が売れなければマーケティングは失敗です。売り上げが本によって出されるからです。このように、モノで売り上げを立てる場合に、コトばかりが消費されても売り上げを出すことは難しいのです。
では、どうする必要があるでしょうか。それは、コト消費とモノ消費のつながりを考えることです。具体的には、蔦屋書店ではサイン会の参加条件として蔦屋書店での規定の本の購入などを定めています。要するに、コトとしてのサイン会とモノとしての本の消費を結びつけられています。このようにして売り上げを出すことでマーケティングが成功していると考えられるのです。
コト消費のみに注目するのでなく、モノ消費とのつながりを考えてマーケティングを行うことで売り上げに繋げることができるのです。
*モノがあるからコトが生まれる、コトからモノは生まれない
モノ消費とコト消費を考える際に留意すべき点は、その両方の関係性です。すなわち、「モノがあるからコトが生まれるが、コトからモノは生まれない」ことです。例えば、飛行機の事例によって考えることができます。飛行機とは、機体自体は素早く移動するモノですが、座席に乗って目的地へ到達する体験は優越感が得られるコトです。結果として、モノの持つ機能性によって体験としてのコトを果たしているのです。これと反対のことは、ライブイベントへの参加から考えられます。ライブイベントに参加した際、好きなアーティストが目の前で歌っていた体験はコトとして残りますが、有形的なモノは何も残りません。体験的なコトはモノを生み出さないのです。このように、モノ消費とコト消費のあいだに「モノがあるからコトが生まれるが、コトからモノは生まれない」関係性があることは留意すべき点です。
機能訴求こそ是と捉えてきた日本のマーケティングの弱さ
機能性を追求してきたことは日本製品の特徴のひとつです。しかし、近年はその売り上げは格段に落ちています。例えば、1980~90年代には日立・ソニー・東芝などの機能性の極めて高い日本家電は世界中で使われましたが、バブル崩壊やインターネットの登場とともに衰退しています。製品の持つ機能性の高さにもかかわらずです。
なぜでしょうか。理由は、そのマーケティング力の弱さにあります。モノ消費としての製品を向上させることに熱心なあまり、消費者のコト消費への移行への思慮に遅れてしまったのです。例えば、日本メーカーがかつて高い品質を誇っていたスピーカーやデジタルカメラなどの製品は、すべてスマートフォンに集約されてしまいました。モノ消費に向けて機能訴求を続けている間に、コト消費に注目した製品に包含されてしまったのです。このように、機能性のみを追求してきた日本製品は、コト消費を視野に入れたマーケティングに関しては非常に弱かったと言えます。
モノづくりの日本がいま行うべきコトづくり
モノに注目してきた日本は、そのより良い製品を世界に伝えていくためにどうすべきでしょうか。それには、モノとコトを切り分けるのでなくつなげて考える必要があります。具体的には、クオリティの高いモノをより広範囲へ伝えていくための拡声器としてコトを導入することなどがあります。それは、モノ消費のみに焦点を当てるのでなく、コト消費についても考えを巡らし総合的に考えていくことです。モノとコトをつなげて考えることで、時代に合ったマーケティングが可能になります。
モノの価値を高め、それを正しく消費者に伝える
モノが持つ価値を消費者に正しく伝えるためは、コトと一体的に考える必要があります。すなわち、モノは誰の為かを考える必要があります。例えば、どれほどレベルが高く機能性に優れている製品を開発したとしても、需要がなければ消費者にその良さが正しく伝わることはありません。企業としてモノのクオリティを高めるばかりで、消費者に提供するためのコト消費に対する意識が足りないからです。つまり、モノの機能性の追求と同時に消費者に向けたコトを考えていくことで、モノの価値を消費者へ正しく伝えていくことが可能になるのです。