インスタ映えの流行にみる小売り流通の変遷

インスタ

「インスタ映え」は今に始まったことでしょうか?

そもそも当コラムの筆者である40歳を超えたおじさんが「インスタ映え」のことを深く理解していないため、今回このワードについて調べてみました。

「インスタ映え」とはPC、スマートフォン向け写真共有SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のInstagramに投稿した写真や、その被写体などに対して見映えがする、おしゃれに見える、という意味で用いられる表現。「Instagram」と「写真映え」を合わせた造語。
(出典:コトバンク 2017年8月)

「インスタ映え」に見る日本の流通構造

私おじさんとしては、この事象の意味をついつい深読みしてみたくなります。

つまり若者を中心に「インスタ映え」という事象が流行っている背景には、自分らしさやオリジナリティの追求があり、その結果の産物として“映える写真”があったのではないでしょうか。また、それを他人に半ば強制的に共有することで、自分のライフスタイルや情報へのアンテナが優れていることを評価してもらい、優越感に浸るという行為に他ならないのではないでしょうか。と理解したくなります。というか、そういう理解をしています。

日本の消費構造、購買構造、流通構造などの研究・分析を専門とする弊社に在籍していると、この「インスタ映え」という、モノの価値観を他人に知らしめ、理解させて優越する行為は、日本の流通構造の歴史・変遷にも通じるものがあると言えるのではないでしょうか。

分散型地域コミュニティーが重視されていた戦後の消費・購買行動

分散型地域コミュニティー

戦後の頃、いや、それ以前から、日本の各地にはそれぞれに地域のコミュニティーが形成されていた。モノが少ない時代に、地域の住民が互いに助け合い、情報を共有しながら生活してきました。
それぞれの地域には個人商店があり、生活に必要なモノはそこから調達するのが普通でした。欲しいものはそこでしか買えないし、他を知らないからそこで買わざるを得ません。

やがて商店同士の競争が生まれ、A店よりもB店のほうがモノが良い、安いという差が生じることになりました。地域の人々は、実体験をもってそれらの情報を収集し、自分が知り得た情報を口コミで人々に話し、共有を図っていたのです。

おばちゃんA「あなた、3丁目の角の八百屋さん、今日は大根が安いわよ!」

おばちゃんB「え?そうなの?じゃあ私も行ってみるわ!」

おばちゃんA「そうよ!そうしなさいよ!」

おばちゃんB「ありがとねー!」

…こんなやり取りがあったかどうかは知りませんが、少なくとも主婦同士でこのような会話があったことは容易に想像できるでしょう。

おばちゃんAは自分が知り得た情報をおばちゃんBに口コミで共有を図ることで「私のほうが先に知っていたから教えてあげた」という優越した気分に浸っていたに違いありません。このような“情報映え”する内容をそれぞれの主婦が持っていました。

さらに、そういったコミュニティーが地域ごとに形成され、個で見ると単純ですが、全体で見ると実は多様化された市場だったと推察できます。
その結果、消費者の中には「能動的に情報収集を行い発信する人」と「その情報を享受して影響される人(今でいえばフォロワー)」が存在していたのだと考えられます。

マスを駆使した集約型大型店舗の時代

昭和40年以降、日本は高度経済成長の時代になり、モノがどんどん増えました。やがてそれに伴い、百貨店、スーパーマーケット、電気量販店といった「量販店」が台頭してきました。
1回の来店で欲しいものが揃うという利便性、大量仕入れ・大量販売によるロープライス化、センターオペレーションの仕入れ・物流効率の改善で、いつでも新鮮で良質な商品が低価格で購入できるという状況になりました。
これまで地域コミュニティーの個人商店で買い物をしていた主婦たちは、一斉にスーパーマーケットでの購入にシフトしました。

やがてスーパーマーケット同士にも競争が生まれ、新聞折り込みチラシで特売日を設けたり、メーカー側もマス広告の宣伝量が多いモノ(売れる見込みがあるモノ)に絞った配荷をするなどして、他店との差別化を図るようになってきました。

つまり、これまで能動的に情報収集を行い、自分が知っている情報を大切にしてきた主婦たちは、大手スーパーマーケットやメーカーが発信する情報を受動的に受け取る立場になり、新たな消費構造が形成されたと考えられます。

言わば、消費者の消費・購買行動を刺激する広告宣伝の最盛期であり、地域ごとに「買い物の仕方」が形成されていた時よりも、集約化(効率化)された、均一性の高い時代と言えるでしょう。

多様型多販路時代へ

現在、街中に大型量販店が溢れ、価格特化型のディスカウンターや100円ショップ、家電量販店、ドラッグストア、コンビニエンスストアなど、さまざまな業態の店舗が各地域に張り巡らされています。
詳細は割愛するが、大手企業のオペレーションによって、消費者は安心で安全、かつ安定した価格でモノを調達することが可能となり、買い物には極めて便利な世の中であると言えます。

そして、インターネットやスマートフォンの普及などにより、人々は生活しているだけで自分に有益な情報を自動的に得ることができます。会わずして“おばちゃんA”に囲まれているような状態です。かつ、自分が知りたい情報は検索することで簡単に情報取得ができる環境にあります。

スマホ

いま、消費の多様化と言われていますが、そうなった背景の一つに情報過多があります。普通に生活しているだけで情報がどんどん入ってきて、商品の善し悪しは口コミ評価などですぐに優劣が判断されてしまいます。
情報が溢れ、自分がその商品を使用しなくてもモノの善し悪しが判断されてしまう状況で、消費者の購買心理も多様化してきていると言えるでしょう。マス広告のような、最大公約数を獲得するような広告宣伝の効果が低下しています。

つまり、消費者の思考が多様化していることで、もはや割り切れない(約数が見つからない)状況にあると言っても過言ではないでしょう。
それに伴って、より個人のニーズに届きやすいECが台頭したり、大型量販店においても限られた種類の商品を多量に陳列するのではなく、より多種の商品を分散して陳列する動きが見られたりしています。

多様化する個の時代にこそ「インスタ映え」が流行する

インスタ映え

小売り流通側は、なんとかしてターゲットの見える化を図るため、上質な商品を取りそろえた高級スーパーにシフトしたり、コンビニではセブンプレミアムなどの高付加価値・高単価な商品群の設定、地域限定販売などのオリジナル性を設けるなどして、前述した最大公約数で割り切れるように、ターゲットの類型分けをする動きも活発化しています。
つまり、現在の売り方は均一化されたひと昔前の集約型販売から、不均一な分散対応型販売にシフトしてきています。

ひと昔前のマス広告を中心とした、受動的情報で購買行動が生まれていた世の中で、果たして「インスタ映え」なる事象は起こったのでしょうか?
やや乱暴な書き方をしますが、「皆が同じ方向を向いて、同じような価値観だった世の中」で、自分らしさ、自分が持つオリジナリティを発信することはあまり「映えなかった」のではないでしょうか。

しかし、消費の多様化によって集約ニーズから分散ニーズへと移行している今、再び個のニーズが注目されている世の中だからこそ、初めて「インスタ映え」という事象が起こるのではないだでしょうか?おじさん自身はそう考えます。

時代は繰り返す?

人口ピラミッド

出典:総務省統計局ホームページ

いま「インスタ映え」とはしゃいでいる方たちも、30年、40年すれば高齢者です。私もインスタはやっていますが、40代は「初老」という、ありがたくない類型に属しています。
周知の事実ではありますが、いまの日本は人口減少・高齢化社会です。10年後、20年後はもっと加速しているでしょう。

これからの消費・購買行動、小売り流通の在り方を考えたとき、中高齢者の取り込みは絶対に避けては通れない道です。
戦後の分散型地域コミュニティー市場、マスを駆使した集約型大型店舗の時代を経て、現在は多様型多販路時代に移行する過渡期と言えるでしょう。

しかし、そのような時代になった時、中高齢者の購買行動はどうなっているでしょうか?このまま若者のように情報過多な状態でしょうか?入ってくる情報を敏感にキャッチし、自分から能動的に情報収集し、どんどん行動するでしょうか?

私自身はそうは思えません。行動範囲が制限され、五感が衰え、少ない家族構成(もしくは一人暮らし)で会話も少なく、お金も少なく…

嫌だ。考えるだけで老いることの寂しさを感じてしまいます。

おそらく高齢者の購買行動は、少ない情報で過去の成功体験、および他人からの口コミや推奨でモノを買う時代になるでしょう。しかも可処分所得が少なく、必要最低限のモノだけ購入することになるでしょう。
すべての人がそうではないが、若者が少なく、中高齢者が世の中に溢れ、その大半が上記のような層になるでしょう。それらをメインターゲットにしなければならない時代が必ず来るのです。

分散型コミュニティーの再来で地域が「栄える」

メーカーは、今からこのようなターゲット予備軍にずっと支持してもらえるようなロングテイルな商品を産み出し、過去の成功体験から引用して商品をお選びいただくような強い商品を作りつづけるべきであると考えます。
今から顧客支持を獲得し、いつでも口コミ伝播がされるような商品開発に傾注するべきではないでしょうか。

小売り流通において、残念ながら大型量販店はこの先は氷河期でしょう。百貨店は、そのブランド力が維持できれば生き残れるかもしれません。
それよりも、より地域に密着し、地域性を重視した戦略をとるような某スーパーマーケット、某ドラッグストアなどが力を増してくるでしょう。そして、個人密着を重視するような宅配サービスなどを強化している某コンビニエンスストアや、食材やワンプレートごはんを定期的に宅配する業者がさらに台頭するでしょう。

あれ?
これって戦後の分散型地域コミュニティー市場?…に似てる?

各地域に新しい消費構造が出来上がり、そこに住む人たちが小さなコミュニティーの中で情報を交換し合い、より良い商品をトライアルし、リピーターになり、より一層、その地域性が活性化される…そんな地域が日本中に興って、各地域市場が栄えます。

SNS時代を生きた、30年、40年後のお年寄りたちは、「映え」るよりも「栄え」を重視するようになるかもしれません。